ImageForum Summer School 
            16mm Film-making 
                          
イメージフォーラムの「夏期16mm講座」昼クラスを1999年度から担当しています。
カメラやフィルムなどについて学習と実習をおこなった後、幾つかのグループに分
かれてサイレントの短編を制作する、およそ2週間の講座です。
作品のテーマは自由で、各班ごとにディスカッションを重ね、未知の世界に挑戦
〜〜その発想は実にユニークで、毎年映像作品の多面性と奥の深さとを感じさ
せられています。 
(金井 勝)

★ 2003年度 ★ 2002年度 ★ 2001年度 ★ 2000年度 ★ 1999年度                                           

                     

〜2003年度作品紹介&講評〜

アリフレックス1班 『ホセがいた季節』
  班長・榊原美歩 副長・住廣篤人
      田中 嶺  大井理衣 掛川智恵 杉村貴子

これはPC時代のユニークな恋愛論であるようですが、サイレント作品なので画面からその恋愛論を汲み取るのはなかなか難解です。
そこでスタッフが書いたコメントを要約すると 
「恋愛する時、自分の世界に相手を取り込むか、逆に自分が相手の世界に取り込まれるかのどちらかが普通だが、時に人間はバランスを崩す。取り込み専門のマチコには恋人・ホセとの良い思い出のデータ−が大量にあり何時でも再生可能だが、その容量がいっぱいになって新しい思い出が録画出来なくなってしまった。一方のホセは取り込まれ形であり、彼はマチコの世界の中で生きるのが何よりの喜びである。が、今のホセの姿はもうマチコには映らない。そこで今の自分をアピールする為にホセは試行錯誤を重ねてゆく 〜〜」と、いったものでした。


その恋愛論はなかなか面白いのですが、オレンジのフィルターで過去
(マチコの記憶)と現在とを判別させるだけでなく、字幕などで少しはフォローしなければ観客には伝わらないと思いました。
それでも様々な工夫が凝らされていて、トップシーンは土手の上の道ですれ違うマチコとホセ 〜〜 彼のランニングの背中には「ホセのいた季節」とあり、それがメイン・タイトルでした。またホセが今の自分をアピールする為に彼女の目の前を泳いでみたり、様々なポーズをとったりして気をひくが無視され、遂には砂の中から飛び出したりもしますが、それでも彼女には気付いてもらえません ―― これらのシーンには魅せる映像がいっぱい詰まっていて、スタッフのこの作品にかける情熱が映像の中から滲み出てきます。特にホセを演じた住廣君の熱演とそのキャラクターは忘れ得ぬものになりました。
しかしその情熱が必ずしも作品に巧く結びついていたとは言い切れません。例えば記憶の中のシーンで、オシャブリを吸うホセを乳母車ごと土手から落としてしまうところなどがそれで、周りの人に笑われたから手を離す 〜〜では納得できないのです。当然笑われても仕方がない恰好なのだから、
(例えば)マチコは自慢気に微笑みを返し、その後に何かに躓いて手を離してしまう 〜〜 といった方が良かったのではと思います。
構成案をそのまま映像化するのではなく、細かいところに気を配って観手との勝負に賭けたなら、快作にして怪作になったと思います。

 

アリフレックス2班 『サラリーマン』
  班長・中澤斉子 副長・松尾和美
      亀山幸子 水津真由美 三宅彩子 古谷一幸 高木 渉

こちらも実にユニークな発想 〜〜 河川敷がオフィスなのです。
若いサラリーマンが歩いてくるとそこにラッシュアワーの電車
(の写真)が数カット挿入され、「株式会社リーマン」のプレートとなりました。そこではダンボール箱を机代わりにして社員たちはパソコンを叩き、書類の整理などに勤しんでいます。
とその時、土手の上にひとりの女性が現れて持ってきた新聞を広げると、「今経済界で注目されている企業・リーマン」といった記事が大きく掲載されていました。
アメリカの週間誌「TIME」に目を通していた社長 〜〜 その時ポツリ、ポツリと雨
(=本当の雨)が降ってきますが、そこは心得たもので、すかさず秘書が傘を差すました。
やがて社長は出掛けますが、それを見送った後に秘書は「海外出張」のプレートを
(社長の机の上に)置きます。
テキパキと生真面目に働く社員たちですがここでは夜間の残業はありません。太陽が沈むのが退社時間で後片付けを終えると社員たちは暮色の河川敷の中に
(特撮のダブルロールで)消えてゆきました。
これが大まかなストーリーですが、小道具なども丁寧に作られており、中でも新聞はちゃんと印刷されたもののようでした。
最初のプランでは、途中までは河川敷だとは分らないように撮るといってましたが、無理だったようで残念です。


この講座が終わった後にスタッフから次のようなメールが届きましたので全文を載せます。
「1.最近の日本経済は不景気、リストラと騒がれ沢山の人が職種や生き方を変える選択を迫られている、そんな時代です。昨日まで社長だった人がテナント料の延滞など経営の破綻から突如としてホームレスになっていても不思議ではありません。
今の時代、自由発想的な柔軟性と強さ。他と違う何かを見つけることが求められている気がします。
芝の上のオフィス=経営のスリム化 (現実的には無理ですね)そしてどんな環境においても頑張って仕事をこなし結果を出す仕事人こそ本当のプロ!そういうメッセージを本当は伝えたかったです。(ちょっと表現不足でしたが・・・)
2. リーマンというのは一般的にはサラリーマンの略省でもあります。しかし、『株式会社リーマン』のリーマンにはもう一つの意味合いが込められています。英語での解釈ですがRe-Manというと、Re=『新たに、再び、繰り返す、再度配置する、元に戻る』という意味合いがあります。Man=『人間、人』よって“リーマン”にはサラリーマンともう一つ違うポジティブな意味合いがあるのです」


ボレックス1班 『ビヨンド ―Thinking beyond distortion』
  班長・宇多村英江 副長・川村幸永
      山内智世 大谷寛子 増田圭 辻本真岐 

こちらは構造シネマです。
青空からキラキラと雲母のようなものが降り注いできます
(これは前日にDVでセット撮影をしておいたものを再撮影)。次は日照りによって出来た土の割目、それに草木や花々などが続き、やがてそれらに不可思議な歪や、光に斑のある映像が次々と加わってきます。
そして風景の中に顔の一部が現れ、河川敷に生い茂る夾竹桃に顔のシルエットが浮かび上がって、それがまるで目の錯覚であったかのように瞬時に消え失せました。
次に現れたのは横に分割された女の顔 〜〜 頭と、目と、鼻と、口の部分からなり、モンタージュ写真を彷彿とさせますが、夫々の部分が勝手に動くので実に奇妙な映像でした。


コメント用紙には
「サイレント・無声という枠の中で、どこまで映像による音声を感じることができるかに挑戦した。構成に意識をおき、静かな倦怠感と激しい強迫観念との対比による躍動感を追究した。「白昼夢」をコンセプトにメンバーそれぞれのイメージを混同させ画面を構成させた」とありましたが、6人のスタッフがそれぞれの主張をぶつけ合って誕生した作品で、アイデアの面白さと技術の確かさ、構成・編集も巧みで、この条件下としては申し分のない16o 〜〜 が、もう少し長くできればと思いました。


ボレックス2班 『Sublimation』
  班長・橘川佳奈 副長・櫻井麻美
      竹内千絵 大海明日香 福田由丞 
      伊吾田菜美子 

こちらは最初の企画(=構造風映画)から少し離れてメルヘンチックな作品となりました。
ハイキートーンの河原、そして煙草を吸う男 〜〜 と、その男は煙草を無造作に足元のクローバーの上に投げ捨て、足で踏みつけて火を消しました。踏みつけられたそのクローバーは怒りに燃えて
(フィルターで)赤くなり、やがてそれは3人の女性の姿に(長いOLで)変身します。
そこに現れたのがレコードプレーヤーを持ったひとりの青年 〜〜 彼はこのクローバーの化身たちを慰めるようにレコードを回します。
するとその音楽に彼女たちの肢体が動き、やがて楽しそうに踊りだしました。この青年と音楽とに癒され楽しい一時を過ごした娘たちは、やがて元のクローバーの姿に返り、岸辺の美しい緑の中に溶け込みました。
技術的には、クローバーから3人の娘に変わるおよそ15秒の長いOLなどが非常に上手くいっていました。しかし、最初のハイキートーンなど、その狙いを訊いてみないと解らないものも幾つかありました。

 

〔後記〕
受講生のみなさん、お疲れさまでした。16o作品ということで全ては手動による操作 〜〜 大変だったと思いますが
(撮影で、編集で)一齣一齣の大切さを肌で感じたと思います。その一齣の重さを知っておけばDV作品を作っても他の人とはまた違った味わいの作品が生れると思います。
ともあれ、作品にかけるみなさんの情熱には感動しました。その情熱を今度は自分の作品に繋げていって下さい。


 

〜2002年度作品紹介&講評〜

アリフレックス1班 『あの頃僕等は……。』
  班長・佐藤よしみ 副長・寺田啓子
      中村有沙  宮下博之 三瓶遼子 山岸かおる

これは、ひとりの青年が子供の頃に夢見たTV番組の〈ヒーロー〉になるという話。
堤の上の道でジョキングをしている青年〜〜と、何かに躓き転げます。
そこにあったのは金の玉で、手にとって見ると中に紙切れが入っていて「土手の下の草叢に行け」とあります。
指示に従って草叢にゆくと小枝に結ばれている紙片〜〜そこには「土手に戻ってバナナを食べろ」とあり、転がっていたバナナを拾って食べていると例の紙が出てきて〜〜といった構成で、青年は電柱や自販機などを次々と回ります。
更に「自分の顔を見よ」との指示に自動車のバックミラーを覗き、その次は散策する女性の背中に貼られた紙〜〜それを剥がそうとすると、痴漢と間違われて女性のパンチが飛んできました。
朦朧とする頭でその文面にあつたとおり空を見上げると、もくもくと湧き立つ入道雲〜〜何とそこから降ってきたのは盥
(タライ)で、青年の頭を直撃〜〜その衝撃で、青年は昔見たTVの〈ヒーロー〉に変身しており、颯爽と紅のマントを翻して得意げにポーズをとります。

 

この班には女子高生が2人もいる若いスタッフ〜〜TVで育った影響でしょうか、そういえば展開も(刑事ドラマの) 〈身代金受け取り場所の指定〉のような構造です。
さて撮影の方ですが、電柱に貼られた紙を見るところで青年が逆立ちをするので、その文面も逆さであるべきだし、顔に書かれた文字も左右が〈逆文字〉で、顔を鏡に映して初めてその文面が解ったという方が面白かったと思います。
また盥が落ちてくるところも、盥を放り投げてハイスピードで撮れば少なくても5〜6秒のショットが得られたと思います。
ともあれ、初めて触るアリフレックスでさしたるミスもなく、テンポの良いカッテングに好感が持てました。そして何より、みんなで1つのことに集中して汗を流す姿〜〜その溌剌としたスタッフの笑顔が特に印象に残りました。

 

アリフレックス2班 『行方不明(ユキカタシレズ)
  班長・西窪直子 副長・金友美奈
      吉川晶子 冨沢香菜子 上原由佳 重富尚子 松本佳美

探す人と探される人〜〜〈かくれんぼ〉の形式で展開する作品です。
少年
(かくれんぼの鬼の役) のアップが1ショットだけあって、タイトル。後は2人の女性の〈かくれんぼ〉で、A子は路地の曲がり角で人影を見て、何となくその女(B子) の後を追うと、角を曲った所にスニーカーの片方が落ちています。
それを拾ってB子を探していると、手にしていたスニーカーが花びらに変わって風に飛ばされてしまいます。
その現象を目の当りして、今度は本気になってB子を探し始めますが、平常心を失っているA子には直ぐ近くにB子がいるのに見つけることが出来ません。
その様子を物陰から見ていたB子でしたが、自分の泥だらけになっている片方の足が気になってその汚れを払う為に目を離すと、A子の姿はそこにありません。
そこで立場は逆転〜〜今度はB子がA子を探し始めるのです。
この女性2人の〈かくれんぼ〉と同じ空間で、アバンタイトルの少年
(たち) の〈かくれんぼ〉も始まりました。もし少年(たち) の〈かくれんぼ〉が〈正〉だとすると、女性2人のそれは〈負〉の次元にあって、瞬時に見た幻想のようにも受取れます。

 

この班は全員が現役の女子大生で、「日常の中に潜む非日常=その違和感」とか、「探す人と探される人=関係のメタファー」などについてディスカッションを重ねて想を練り上げました。
登場人物の女性2人は顔立ちも良く似ている為に自分が自分を探しているようにも受取れるし、また少年の〈かくれんぼ〉を配したことにより、見手の一人ひとりの創造力で奥行きと広がりが生まれる作品となりました。
少年を含めた登場人物が実に良く、カメラも演出もちゃんと計算が出来ていて 、とても初心者たちが作った作品だとは思えません――が、映像のインパクトという点ではもうひとつだったと思いました。

 

ボレックス1班 『B anti submission』
  班長・川住宏明 副長・林 千裕
      高村ユキナリ 岸 見亜紀 佐藤光恵 (他2名)

こちらは、彼女に無視される男の話です。
ベンチに若いカップルが座ってますが、どういうわけか男が話し掛けても女はそっぽを向いて煙草を吹かしています。
やがて女は携帯電話で別の男
(?) と楽しそうに話したり、化粧に専念したりしていて、一向に彼の方に顔を向けません。
女に無視された男は気を引く為にシャツを替えたり、挙句の果てには別の男と入代わってみたりしたが、それすら気付いていない様子です。
しかたなしに男は煙草を取り出して一服しようとすると、何と煙草たちが箱から次々と這い出して草叢に逃げていってします。
そしてその煙草たちを追うように、女も草叢へと逃げ、土手の彼方へ消え去ってしまうのでした。
落胆する男〜〜そんな彼のもとに近寄るものがありました。仲間から離れて戻ってきた1本の煙草です。一度はその煙草を吸おうとしますが、吸ってしまったらそれまでだと思い直し、彼は胸のポケットに大切にしまい込みます。
彼にとってその戻ってきた1本の煙草は〈親友〉〜〜立ち去る男の背中に、以前にはなかった〈張り〉が感じられます。

 

「自分を表現すること、反発すること」をテーマに考えていたようですが、結果として、ユニークといえばユニークな作品になりました。
しかし撮り方はアリ2班の『行方不明』とは対照的で、講義で教えたタブーへの挑戦か、同じ方向からの同じサイズの画を多用している為に、ジャンピング・ショットの連続〜〜実にメリハリのない繋がりとなりました。
もし本気でタブーに挑むなら、そこには強
(したた) かな計算が必要なのです。
特殊撮影の方は、煙草が逃げ出すところや戻ってくる1本の煙草のショットがコマ撮りで、逃げていく女のショットはランとコマ撮りとを併用していたようです。
その煙草のショットは、コマ数が粗い為にいかにもコマ撮りをしてますといった感じでしたが、女が逃げ去るところは、逃げてゆくというよりは〈吹き飛ばされてゆく〉ように映っていて、内容とは別にこれはこれで面白いショットとなりました。
それでも、映画のタブーに挑戦するとは見上げたものです。失敗は成功の元〜〜次に撮る時の肥やしになったと思います。

 

ボレックス2班 『老人と膿』
  班長・氏家とわ子 副長・坂口惠子
      吉川和典 野口秋子 池内 彩 阿久津康従 高嶋英男

こちらは、実に奇怪な物語です。
転がってくるボール〜〜そのボールを追うと、ベンチに座っている学生がいました。
その彼がふと目をやると、奇怪な生き物=〈膿
(うみ) 〉が近づいてきます。
恐る恐る〈膿〉に近寄ってみる学生〜〜と、その背中には割れ目のようなものがあります。
学生がそこに手を入れて背中を開いてみると、中には無表情の青年の顔が蠢いていました。
仰天する学生の目の前で青年はその〈膿〉から脱皮し、やがておののく学生を殴り殺してしまいます。
晴れがましい顔になった青年〜〜一休みしていると、またあの奇怪な〈膿〉が現れ、今度はその青年が背中を開きます。と、そこに現れたのは老人の無表情の顔で、脱皮した老人は青年に伸し掛かって殴り殺してしまいます。
やがて好々爺然となった老人の表情〜〜しかしまたその背後にあの〈膿〉が忍び寄ります。
恐怖におののきながらも老人はその背中を開きます〜〜と、現れたのは今度は仏像でした。

 

その〈膿〉なる生き物が一体何の象徴であるのかは正確には解りませんが、その中から這い出してきた者が、より若い者を殺してゆくという構造なので、世界最大の赤字国・ニッポンの姿とも受取ることが出来ましょう。
いや、そういうことは兎も角として、今まで出合ったことのないその発想に感激しました。
しかし、決して良く出来た作品とはいえません。製作された〈膿〉の張りぼては全身と背中の部分の2つだけですので、脱皮のシーンに無理が生じます。どうしてももう一つその脱皮を考えた張りぼてが必要でした。
また、その張りぼての質感ですが、もっとぬめっとした光沢の方が良かった思うし、歩く
(?) 動作も考えに入れて作製する必要があったと思います〜〜といっても、何せ短い時間でやるのですからこれは無理な注文かも知れません……が。
撮影も若干ですが露出のミスも有ったし、〈膿〉の主観移動もぎこちない動きでした。それと、殴るのではなく、悪臭で殺した方が良かったのではないでしょうか。
ともあれ、印象に残る作品でした。

 

受講生の皆さんへ
少し辛口の講評になってしまいましたが、悔しさこそが映像作家への第一歩です。
それにしても、全く知らなかった16mmを覚え、初めて会ったスタッフと激論を交わし、そしてともに汗を流しながら、みんなで一つの作品づくりに熱中〜〜その生き生きとした姿を見ていて、今年も「夏期16mm講座」が本当に有意義であったことを確信しました。この体験をこれからの人生や作品づくるに、どうか役立てて下さい ―― お疲れさまでした。


〜2001年度作品講評〜

アリフレックス1班 『イヌヒト』
  班長・菊池 亨 副長・田野慶太
      舞草香奈  大嶺紗和 住野貴秋 杉山直己

内容は、実にユニークなブラック・コメディー。
まだそれほどの仲ではない若いカップル――彼氏の手が彼女の手にそっと触れて、すぐその手を引っ込めてしまう初心な男のアクションで、二人がまだ日の浅い仲だということが分る。
やがて手作りの弁当が開かれる――と、どうだろう、向こうから四つ這いになった男が丸で犬のように走って来るではないか!(その走り方,、スピードが実に良いのだ!)
彼氏が呆気にとられていると、そんなことお構いなしに、その犬男は尾を振りながら彼女にじゃれ付き、遂には彼女を押し倒して顔を舐め始めるではないか!
彼女の方も、この犬男の行為が満更ではないと見えて、笑いながら犬男とじゃれ合っている。そんな光景を目の当たりにした彼氏に嫉妬心が渦巻くのも無理からぬことだろう。
飲み物を買いに彼女が出掛けると、途端に犬男の態度は豹変――彼氏に対して横柄に振舞うのであったが、また彼女が戻って来ると尾を振って愛想良くじゃれ付いてゆく。
その様子を見ていた彼氏の頭の中は(嫉妬を超えて)妄想の世界へ――豊な乳房の女性(にょしょう)が現れて彼氏の顔を愛撫し始めるのである。
その妄想から覚めても、楽しそうにじゃれあっている彼女と犬男――そこで彼女を奪われない為に彼氏の取った手段とは――そう、自分も「犬男」になることであった!
短篇として、話が実に面白いではないか!
出演者はスタッフとその友人たちだが、皆なかなかの芸達者――特に犬男は素晴らしかった。
難を言えば、彼氏の妄想シーンで、頭に白い液体をかけるのは良くある手なので、例えば彼氏自身がペニスと化し、現れた女性がそのペニス状の彼氏を「擦る」というのは如何であろうか?
ともあれ、これが今回の最高作であった。全国から映画好きが集まって来るこの「16ミリ講座」だが、ただ映画を楽しんでいるのではなく、作り手の目で何時も映画を観ている者がこの班にはいたのだと思う。

アリフレックス2班 『はんぷく』
  
班長・林 健一 副長・廣瀬 敦
     二橋 康 田代栄子 大野薫子 新井将子 嘉嶋吉宏 WALCH ROGER TIBOR
この作品もユニークな発想といえなくはない。
ひとりの少女がポラロイドカメラを持って土手の上を歩いて来ると、昼寝をしている外国人(勿論彼はスタッフのスイス人・ティボル)がいた。
その寝姿をじっと見詰めていた少女は、やおら拳銃を取り出すと、何の躊躇もなくその外国人を射殺してしまう。
彼女が次にとった行動は、その死体をポラロイドカメラで撮影することであった。が、出来上がった写真がどうもお気に召さないとみえて、彼女はそれを破り捨ててしまう。
この死体写真への変質的な執着を持つ少女は、次々と道行く人たちを殺害してその写真を撮り捲るのだが、その全てが気に入らず、最後には自分を撃ってその瞬間をポラロイドに収めて終りとなった――否違う!残念ながらそうではなく、実際に出てきた写真には「END」の文字が記されていたのだ……。
「映画は観た人たちの脳裏に何かを残さないと無駄である」――というのが僕の持論だが、このラストショットのポラロイドから吐き出された写真こそが、観客の脳裏に痕跡を残せるかどうかの大勝負であった筈である!
「END」の文字では余りにも平凡――そこに観客を仰天させる映像が(コマ撮りで)浮かび上がってくれば良かったと思う。

ボレックス1班 『ミュージカルホール』
  班長・桝田 亮 副長・田中三紗子
      石井陽子 竹井雅恵 伊藤麻紀 三原真琴 石本恵美
班長以外は全て女性であるこの班――その出発点はどうやらルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」のようだ。
主人公の少女がスキップをしながら現れ、手に持っていたマーブルチョコレートが画面いっぱいに飛び散ってタイトルとなった。
タイトルが開けると、そのチョコレートはころころと転がって地面に空いている穴に入ってゆく。
少女がその穴を覗くとそこはミュージカルの別世界で若い女性たちが楽しそうに踊っている――と、スタッフは考えたのだろうが、やはり映画は映ったものが全てで、少女がスキップしていた風景と同次元の多摩川の河川敷であった。別世界にはやはりセットが必要で、この企画自体に無理があったのだと思う。
それでも自分たちで見つけてきた淡いピンクのフィルター(そのフィルターで別世界を企んだようだが)を使っての色調は、踊る女性たちや、乱れ飛ぶ(マーブルにある色の)風船やシャボン玉と溶け合って優雅な世界を醸し出していた。
また編集を頑張ったので、それなりに楽しい作品に仕上がったと思う。

ボレックス2班 『ミチナリ』
  班長・鶴田哲也 副長・高瀬七重
      宮下真愛 中屋実奈子 小林修二 鈴木健司 神田浩之 齋藤詩織
堤の上で、可愛らしい女の子がチョークで線路の絵を描いている。
その絵の描かれた土手からひとりの青年が降りてくると、その子の赤い靴であろうか、丸で命を宿しているかのように跳ね回っているのだが、青年はそれには気付かずに川辺へと進み、腰を下ろした。
その彼の風貌はといえば、人生に疲れ切っている様子で、全く生気が感じられない。
と、彼の後から来たひとりの女性が、目の前で忽然と消えた。そして、また二人、三人と人が消え、九人、十人と、多くの人たちが消えてゆく!
その人の波に誘われるかのように、やおら立ち上がった青年が歩き出そうとしたその瞬間、あの赤い靴が彼の胸に飛び掛ってその歩みを制止させ、自らは川に落ちて流されてしまう。
何がなんだか分からない彼だが、その胸には靴底が当たって出来た土汚れがついていて、その貌(かお)にも先刻の絶望感は薄れている。
青年がもと来た道を戻ってゆくと、先刻の堤の上には、何処までも何処までも続く線路の絵があり、歓喜する青年の貌――!
主人公の青年の演技が実に良い。そして、このラスト・シーンに勝負を賭けたスタッフの意気込みが伝わって来る!
技術的な問題などで、決して上手く出来たとはいえないが、何故か宮沢賢治の童話のように心に残る作品である。

スクーピック班 『オカマ失格』
  班長・野口政史 副長・加藤佑紀
      伊沢直美 和田紗矢佳 大塚 充 滝山雄二
撮影前日までのプランをがらりと変えて、この作品の主人公は女になりたいと思っている青年だった。
そして、彼は女になるのだが、なってみるとやはり男の肉体にも未練が残る為に分裂――男と女の二人の自分が存在してしまった。
しかし男の彼にはもう魂は宿っていない――倒れ込んだ男の肉体を介抱する女の自分――傑作なのはその介抱の仕方で、女は男のおなかを押して人工呼吸を行った後に、なんと下半身の人工呼吸(!?)を始めたではないか!ズボンを広げてペニスを吸っては、何かを吐き出し続けているのだ!
こう書くと面白そうな話だが、誰が見てもそこには男女二人の出演者が演技をしているとしか思えない。これをやるには一卵性双生児などを主人公にして、きめの細かい演出をしなければ観客には伝わらないと思う。もしそれが出来たらかなりの作品になったのではなかろうか。

[後記]
初めて会った人たちとグループを組んで16ミリ作品を作るのだから、大変といえば大変である。それでも今期は随分と大胆な発想が多く、そのチャレンジ精神が頼もしい。
全てがマニュアルである16ミリ撮影だが、露出やフォーカス(ピント)などもミスはなかった。特に「絞り忘れ」はこれまで随分とあったが、今年は皆無である。
その「絞り忘れ」で大失敗したのが、1999年度のアリフレックス3班――最も大切なショットが真っ白けだったのだが、班長・
大野聡司君はその悔しさからIF本科に進み、卒制で秀作・『団地酒』をつくった。その作品がこの秋に開催される〈山形国際ドキュメンタリー映画際〉の〈アジア千波万波〉にノミネートされたのだから、失敗は大いなる財産である。
この夏に出会った受講生諸君――今後の活躍を大いに期待している!


                   2000年度作品講評

アリフレックス1班 『流転 Ruten』
  班長・田中芳典 副長・中井理恵 
      田中あずみ 窪田ゆみ 早崎 誠 石田智子

この作品は、どうやらホラー・シネマのようである。
一人の少女が何者かに追われているのだろう、堤の上を駆けてゆく。
少女が河原に逃げ込むと、そこには沢山の座布団が並べられ、シャーマン風の女が不気味に微笑み、その手下の男が小太鼓を叩いていた。
そのシャーマン風の女は、石で囲った輪の中に小石を投げ入れる。どうやらゲーム感覚の果し合いのようで、その相手はいま逃げてきたあの少女であった。
少女が負けるたびに顔や衣服にかけられる墨汁――不気味に笑う女、手下の打ち鳴らす太鼓も一段と激しくなり、やがて少女は全身墨だらけになってしまった。
そして、堤の上には不安げにたたずむ別の少女――次ぎの犠牲者を予感させて映画は終わった。
話のあらましは上記の通りなのだが、撮影コンテがしっかりしてなかったためだろう、特に勝負の場面のところが(編集も)杜撰になって分りにくかったのは残念である。
撮影技術は、中途半端な2つのパンを除けば良かったし、露出もほぼ適正であった。出演者たちもなかなかの「芸達者」で、まずまずの出来と言える。


アリフレックス2班 『カメラカメラ』
  班長・蓼内健太 副長・ 山崎 梓
      河野由香里 鈴木 淳 稲毛 愛

60年代の前衛映画では「見る、見られる。撮る、撮られる」の問題が論じられたことがあったが、何故かそのことを思い出させる作品となった。
土手の上を通る人たちを写しているカメラ――するとスチールカメラ(以後パチカメ)を持った男が画面の前に現れて、しきりにこちらを写しまくる。
たまりかねたのだろう、画面の後ろから男(以後ビデオ男)が現れてパチカメ男をビデオを回しながら追いかけてゆく。
ここで構造上の初歩的なミスその1――ビデオカメラをもって追うことは最初の画面からしてビデオ画像でなければ成立しない筈である。折角の16mmフィルム作品なのに企画の間違いである。
さて、逃げるパチカメ男と追うビデオ男の背景は、河原の土手から街中に移っての追いかけごっこになり、そして再び堤の上に戻った。
ここでパチカメ男も居直って振り向き、二人が走りながら交差する――このややシルエット気味のショットはなかなか良かったと思う。
走り疲れて(あるいは双方のフィルムがなくなったためなのか)座り込む二人――するとビデオ男のポケットから出てくるパチカメ、パチカメ男のポケットからはビデオカメラが出てきて二人の立場が逆転するという話であった。
ここで構造上の初歩的なミスその2――二人の姿を撮り続けてきた16mm映像は一体何者が撮っているのかという疑問である。仮に神の視点だとしてもトップショットとの整合性に欠けているのではないか!
少し厳しくなったが、プラン講評を無視したので「お灸」です。
出演者の二人はスタッフの友だちだそうだが、文字通りの炎天下の熱演に、大いに感謝している。


アリフレックス3班 『多摩川の造り方』
  班長・石川崇子 副長・朝倉陽子
      藤田恵理子 西澤彰人 遠田美和子
『多摩川の造り方』とは大仰なタイトルだが、話は単純である。
街を歩く少女――すると背後から男(スカウトマンだそうだ)の手が伸びて彼女の肩を叩く。
病的な神経の持主である少女は、以後その肩に画鋲を貼り付けて外出する。
次のシーンは電話ボックス――少女は公衆電話をかける時も、白手袋をしてガーゼで電話を丹念に拭いてからプッシュボタンを押す念の入れ方である。
今度は土手の上を歩く少女――すると向こうからきた青年がタバコを投げ捨てた。タバコの火は落ちていたマンガ雑誌に点火したので、次からは少女の鞄の中には水が用意されている。
少女が河原に座ると、猫がきた。
そこで少女がこうじた手段は、身の周りに囲むように置いた沢山のペットボトルであった。
そのペットボトルだが、どういう訳か次々と割れて、少女は水浸し――その流れ出た水が多摩川となり、水死(入水?)するという話であるようだ。
こう書くと短篇作品として悪くはなさそうだが、特に肝心なラストシーンのコンテが不徹底なため、(例えば画面の外からかける水など)分りにくいのが残念であった。

ボレックス1班
『ippuku』
  班長・若林伸一
      宮重舞雨子 佐藤陽子 金 ヌリ 中島千惠香 深澤隆将 小比木和子
タイトルの『ippuku』とはタバコの一服だそうである。
中年の男が土手の上を来る――どうやらタバコの火が欲しいらしく、行き交う人たちに声を掛けるが、誰もライターを持っていない様子である。
カメラに接近したところで、ようやく火を借りることが出来て、男はタバコの煙を大きく吸い込んだ。
すると、目の前を横切る妙齢の婦人の姿がすっと消えて、そのサンダルだけが歩き始めたではないか。
独り歩きのサンダルは、やがて中年男の目の前で立ち止まった。
これは男の妄想なのであろう――ボレックスなので、女性が消える場面はカメラ内OLを使用している。サンダルの動きはコマ撮りで、初めての撮影としてはなかなか上手くいっていた。(ただ風が少し吹いていたので草のゆれが気になった)
欲を言えば、止まったサンダルが背伸び(踵が上がって)をして、男も抱擁のポーズをとれば尚良かった。こういった作品では細かいところのアクションが大切なのである。
また、装填が完璧ではなかったとみえて、フィルムが攣ったところがあったが、この作品にとっては逆に面白い効果になっていたとも言えようか。

ボレックス2班 『スイッチ』
  班長・斉藤慎太郎 副長・鈴木弥生
      宮川昌子 泉元千乃 小泉由紀子 石黒里美
この『スイッチ』は、アイディアといい、愉快なキャラクターといい、なかなか面白い作品に仕上がった。
怪しげな男が、地面にスイッチを取り付け終わると、メイン・タイトルになる。
タイトルが終わると、二人連れの女性の散策風景――石段を下りてきて腰を下ろすと、そこにあの男が取り付けただろうスイッチがあった。
何も知らない彼女たちが何気なく押してみると、何と石段に苔が生えてくるではないか!
フェンスの金網にも取り付けられていたスイッチ――これを押すと葛の蔓が伸びてきて見る見るうちに金網を覆ってしまう。
更にスイッチは草叢でも見付かった。女たちは興味津々――今度は向日葵の花が次々と咲き出したのである。
こうした摩訶不思議な現象を目の当たりにして、何故か欲情する二人――抱合い、濃厚なレスビアンキスとなってゆく。
とどうだろう!A女の舌がB女の舌に絡むと、突然失神して崩れ落ちるB女――彼女の舌にもスイッチが嵌め込まれていたのであった。
余りの恐ろしさに逃げ出すA女――後ろを振り返りながら逃げるその姿と、B女の舌出しの顔がカットバックとなり、完成試写は爆笑の渦となった。
この班の一人が歯学部の学生で、友だちに作ってもらったというスイッチ付きの舌がともかく傑作で、その上に舌出しB女のその顔が更に輪をかけた傑作なのである!
しかし、スイッチの仕掛け男が二人の様子を遠くから覗いているショットがあった方が奥行きが出たと思うし、スイッチ男とB女との絡みも何らかの形であった方が良かったと思った。
また、コマ撮りは教えた通りにやらなかったので、ファインダーから光線が入ってしまった。面白い作品だけにそれが実に惜しかった。

ボレックス3班 『ふる』
  班長・花島真紀子 副長・松本雅延
      湯田早紀子 大槻博子 渡辺 暦 城戸武墾

「夏期16mm講座」の最高作品はこの『ふる』であった。
青年が歩いてきて草叢に大の字に寝転ぶと、やがて空から青い木の葉が舞い落ちてきて男の全身を蓋い尽くしてしまう。
木の葉に埋もれた青年は、自分の手の指が落ちてゆく夢を見る。
次々と落下する指は雨となり、コウモリ傘と重なりながら青年の昔の恋人なのだろうか憂鬱そうな表情をした女の顔が現れた。
その間、OLや二重写しによって画面がゆっくりと展開していくのだが、河原の乾いた砂利道と水が入り込んだ道の同じポジションからの二重写しなどは、中でも秀逸なショットであった。
そしてエピローグ――悪夢から覚めて青年が立ち上がると、画面の右下に何かが落ちている。指であった。
話の概略は以上のような次第だが、驚くべきはその映像にあり!他の班とは桁違いに優れていたのであった。
それには訳があった、班長の一人・花島(旧姓・堀川)さんはIFの卒業生で、特待生にもなったことのある映像の経験者であったのだ。
前に触れた雨粒のアニメも鉄橋の下での撮影とは思えない出来であったし、他のスタッフも手ごたえを感じながらやっていたのだろう――とても2日間で撮ったとは想像できない映像の連続であった。
落下する指は石膏で作ったのだそうだが、その色が少々気になった以外はほぼ完璧な出来栄えであったのだが、更に欲を付け加えるのなら、ラストシーンが時間経過でトップシーンに返るのは常道過ぎ――例えば落ちている指のアップにアマガエルか、バッタか、ともかく小さな生き物がフレーム・インして(指の上に)とまるというのはどうだろうか……。
ともあれ、花島さん以外の34名は、初めて触った16mmであった。
たった10日間の講座ということを考えると、どの班の作品も上出来だったと言えようか。
更に16mm映画の監督をし、演技をし、キャメラを回したということが映像作家を目指す者は勿論のこと、そうでない人にとっても、夫々の長い人生の中で頗る有意義な時間であったに違いないと、キラキラ輝くその瞳を見て確信した。

編集風景

                   1999年度作品講評

アリフレックス1班
  班長・芳垣雄一 副長・熱田健太郎
      須永典光 後藤桂子 宇田川陽子 日野愛子 水野亜矢
変な男に追いかけられていた(紙袋を持った)娘が、男から逃れて叢から現れる。
橋の下に来ると彼女は石に躓いて転んでしまい、袋から飛出した果物――その先には、じっと空を見上げている少年がいた。
訝しげに思った彼女が、少年に近づいてその視線の先を辿ると、橋の欄干に女の影が見えた。
欄干の女の手には目薬、その指先に力が加わると水滴が3・4メートル下で待つ少年の顔を濡らしす。
何がなんだか分からずじっと見詰めていると、目薬の雫は、今度は彼女の瞳に見事的中――!
「二階から目薬ならぬ、橋の上から目薬」――大変にユニークな発想で、撮影技術も良かったのだが、目薬のシーンの前に、最初のプロットにあった草刈の小父さんとの絡みの場面などがあったら、もっと膨らんだと思う。


アリフレックス2班 
  班長・古川真理 副長・田井中太一
      水野裕也 畑 弓子 谷端敦子 岡本友紀
河原の土手にアタッシュケースを持ったサラリーマン風の男が現れるところから始まる。
営業課の人間だろうか、顔は青年のように見えるが、髪の毛は真っ白――そこにタイトル「しろかみ」が入る。
やがて男は鞄から白い紙を大切そうに取り出し、芝生の上に1枚づつ丁寧に並べ始める。この若白髪の男の様子を伺っていると、その作業がいかにも大切な仕事であるかのようだ。
フェテシズム――そう彼は正に紙フェチであった。
暫くするとその横顔に笑みがこぼれ、やがてはそれが歓喜の表情に変わってゆく。
白紙を並べ終わると、男は土手に座って敷き詰めた紙の規模の大きさを満足げに眺める。
と、そこに空からヒラヒラと1枚の赤い紙が舞い落ちてきた!
男は狂ったように走りその赤紙を取り除こうとする――と、どうだ、せっかく1枚1枚きれいに並べた白紙の絨毯は、彼の靴で踏みにじられくちゃくちゃになってしまっている。
その事態にただ呆然と立ち竦む男――。
これは象徴性の強い作品で、映画を見た1人ひとりに違って映る作品だと思う。ある人には自分が置かれた現実、ある人には北朝鮮のテポドン(丁度この頃に起きた)に怯える日本人などと……。
構成演出は水野裕也で、タイトルの「しろかみ」といい、その内容も深みがあって1番のプロットだった。が、映画は出来たものが全て、露出の測り間違いやフィルム装填のミスなどで不本意な作品となってしまった。誠に残念である!!


アリフレックス3班
 
  班長・大野聡司 副長・英 祐
      蓬田方材 山下恵弥 肥後浅子 田寺理恵子
こちらはナンセンスシネマを狙ったが、構成も甘くその上に1番大切なショットで絞りを忘れたため、それなりに頑張ったのだが残念な結果になってしまった。
穴が欲しいと云う看板を胸から吊るして徘徊するする男。
そしてベンチに座る若いカップル。このカップルは仲良くドーナツを食べていたが、残りの1個を巡って争いとなり、女は男を殴り倒して行ってしまう。
すると川のほとりに突然3人組の女たちが現れて組み体操を始めた。その隙を狙って穴を探す男がドーナツを見つけて食べ始める。彼が探していた穴とはドーナツの穴であったのだ。そのことを知った3人娘が拳銃を出してこの男を撃ってしまう。
殴られて倒れている男と撃たれて倒れた男、2人の男はそれぞれの口から泡を吹き、3人娘はその泡をまるでシャーベットでも舐めるかのように食べ始める。
先に述べた肝心なショットとは、男たちが泡を吹き出すそのアップの画で(絞り忘れにより)真っ白に飛んで何も写っていなかった。


ボレックス1班
  班長・石原佐知子 副長・島田 毅
      天野由美子 鈴木理恵 江水彰洋 小林卓実 西片喜久代
男女のカップルが河原でデート――ベンチに座った2人がリンゴを取り出し、男が皮を剥きだす。
すると女が怯えて後ずさりする。最初はその果物ナイフに何か恐れを感じたのかと思っていると、実は彼女は河原の芝生の上に2人の死神を見たからであった。
その後に子供たちが2人の死神に近づき悪戯を始め、スタッフが子供たちを追い払うなど、映画ごっこになってしまった観がある。
話を捻るのは良いが、その捻り方を間違えてしまった。


ボレックス2班
  班長・藤本祥和 副長・小田アツコ
      金岩太郎 長谷川啓 熊谷栄里子 中山さんご 山田美和
3人の女の子が「記念写真」を撮る作品――。
主人公は真夏の暑さで頭が変になったのか、カメラと被写体との距離が(錯覚で)遠のいてしまう。
それでも彼女は、自動シャッターのボタンを押して自分も写るために駆け出した。
友だちが待つ位置まで来る間に、通行人とぶつかるなど3度の出来事が重なって、やっとのことで辿り着くとシャッターが落ちる。
数日後、3人は写真を手にするのだが、そこにはフレームから外れた者もいて、おかしな写真だったと云う話。
かなり無理のある設定だが、随所に工夫を凝らしていたのは良かった。


ボレックス3班
  班長・新井淑子 副長・長谷川征司
      館野直之 ジョス・ウィン 三宅敦子 栂野理恵 小山尚英
総タイトルが「夢」で、班の全員7人が約1分間づつ夢を綴るオムニバス形式の作品――この班では意見がまとまらずオムニバスになったのだが、ふだん余り実験映画を見てない人たちが多かったため、新鮮な作品とはならなかった。
全作品の中で最低の出来で、もう2度とオムニバスはやらせるべきではないと痛感する。


スクーピック班 
  班長・ファン ヨンスン 副長・嶺村 圭
      藤本桃花 小林冬佳 横田裕美子 白井律子 佐川 彩
結果的にはこの班の『ミール・ミーラレル』がもっとも刺激的な作品となった。
班長の黄(ファン)は、韓国からの留学生でお国の美術大学を卒業、日本に来てからは国学院大学へ――そして今は日大芸術学部の大学院で松本俊夫教授の下で学んでいる30代半ばの青年である。
他のメンバーは女子美の3人娘を初めとした活きのよい連中で、アカデミックな班長とは肌が合わない。
ああでもない、こうでもないを繰り返していたが、ラジカルなナンセンス映画に落着いた――とは言ってもロケ現場でもすったもんだは絶えなかったのだが…。
この組の撮影風景を垣間見ていると、大海原の自然のドラマを見ているような感じがした。班長はさしずめ物識り鯨だ。そしてそれを取巻く若い女たちは無法者の鮫たち――鯨の説明に「そんなの古い!なんでもアリさ!!」と息巻くのだ。
映画は、覆面強盗(班長演ずる)が、胸の傷口を抑えながら土手を這い上がって来て倒れる。
すると仰角で女の子が現われ、刷毛を出してレンズを優しく撫で始める。この娘はメーキャップ係りで苦しみもがく強盗の顔に化粧を施していたのだった。
すると柔道着の少年と袴姿の女が現れる。
更に、蝶ネクタイの女がボクシングのレフリースタイルで登場――試合が始まった。
リングは何と強盗の顔の上!こんなシュチュエーションは、今までに見たことも聞いたこともない。
試合に勝ったのは袴姿の女の方だったが、負けてズボンをたくし上げながら去ってゆく少年の後ろ姿に、哀愁のようなものが漂っていてなかなか良かった。
試合が終わると、突然群衆が駆けよってきて、路上に倒れている強盗を高々と胴上げ――その肢体はまるで壊れた人形のように宙に舞った。
エピローグのショットがまた良い――カメラを覗く班長、そのズームを引く手の動きに合わせて画面が広がってゆく。あたかもそれは、巨大な鏡を前に自分の姿を撮っているようであった。
その背景となる鉄橋に、ゴトゴトと電車がフレームイン――暫くすると、黄がポケットからレンズキャップを取り出して蓋をする――その真っ暗な画面にスタッフタイトルが入る。
このラストショットがあることによって、ただのドタバタナンセンス映画ではなくなった。
これは、炎天下の多摩川で起きた、立眩みの瞬間にみた幻覚だとも言えよう。 
 



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