37,2001.12.29 発声練習が今年最大の収穫! ☆ 「かわら版」38へ
今年も残すはあと3日となりました。
暮れになるとどういう訳か2年続けて役者の話がきて、一昨年は和田淳子監督作品『ボディドロップアスファルト』に、昨年は二瓶 剛監督作品『冬のカゲロウ』に出演しました。
今年はそういう話はありませんでしたので、寂しいといえば寂しい気も致します。(笑い)しかしその分は、既に秋の〔アンダーグラウンド・アーカイブス〕の京都公開でやっているともいえましょう――詩人の上田假奈代嬢、監督の村上賢司君とのコラボレーションで、ぼくが初めてやったパフォーマンスです。
対人恐怖症の気のあるぼくにとって、人前に出ることは不得手ですし、ましてライブでの吟詠などはこれまで考えたことすらありませんでした。
が、弾みというのは恐ろしい〜〜主催者の富岡邦彦氏とのメール交換でパフォーマンスを約束してしまっていたのです。逃げる訳にもゆきませんので、近くを流れる多摩川に出て、3日間発声の稽古――その甲斐あって、ぶっつけ本番でしたが、心配していたトチリもなく、いやそれどころかそのエロキューションに自分自身が驚くほどの出来栄えでした!(笑い) ※ 参考web原将人氏のHP
その時に得たものは大変なもの〜〜その直後にIFの「16mm講座」のロケがあって、フィルム装填を教えた通りにやってない班のスタッフを「このバカヤロウ――!」と怒鳴りつけましたが、何と予期せぬその美声〜〜その澄んだ自分の声に驚かされ、怒りながらもその一方で悦に入っていたという次第です。(笑い)
先日も早稲田大学芸術学校で1日講師をやりましたが、前日に多摩川で発声の稽古をしておりましたので、あがって口篭もるようなことは全然ありませんでした。
早くこの発声の稽古に気がついていれば、前出の『ボディドロップアスファルト』の神様役も、もっと上手に演じられた筈ですが、「後悔先に立たず」です。
しかし、あの作品は年齢の差を超えて多くの人に観られており、ぼくと同年輩の方からもしばしば「観たよ」といわれましたが、その演技を誉めこそすれ貶す人はありませんでした。(笑い)ともあれ、あがり症の方は河原や海岸で、大声を出して発声の稽古〜〜堂々とした自分を発見すると思いますので、やってみては如何なものでしょうか。
「映像万華」へのご訪問――有難う御座いました。
良いお年をお迎え下さい。
36,2001.12.19 VAIOが段々と面白くなってきました
PCが2台あると使い慣れた方で済ましてしまうので、VAIOの方はこの前覚えた〔DirectCD〕による〔CD‐WR〕への〔焼き付け〕ぐらいのものでしたが、今週はWindows Meの内蔵ソフト〔ムービーメーカー〕を使ってクリップ制作にチャレンジしてみました。
ぼくのカメラはTVなどでも使っているプロ用の〔DVCAM〕なのでVAIOへの取り込みが心配でしたが、4ピン―6ピンのI.RINKで難なく成功――先ずは安心します。
〔ムービーメーカー〕での編集は割と易しかったのですが、サウンド・トラックが1本のようですし、音のレベルも変えられそうにありません――マニュアル本やヘルプでもその辺のことには触れていませんが多分そうだと思います。
これではぼくが目指す映像作品の編集はとても無理なのですが、VAIOを飾り物にしておく訳にもいきませんし、PC編集に少しでも馴染めればということで、ともあれ『あばら家植物図鑑・初冬篇』というクリップ制作を思い立ったという次第です。師走だというのに樹勢盛んなジャスミンの蔓、元気者のノボタンの花。かたや季節に順じたロウバイ、サクランボ、アケビの紅葉。ユズ、ナンテン、ヤブラン、マンリョウ、自生のカラスウリなどの実。そして風にそよいで初冬の風情を醸すアサガオの種。更に来春に備えたタラの芽、花芽を結んだハナモモ、シダレハナモモ、シャクナゲなど――それらを〔デゾルブ・トラデション〕を使ってそれなりのクリップが完成しました。
〔ムービーメーカー〕が出来るようになると、今度はVAIO内蔵のソフト〔DVgate〕にも挑戦してみたくなります。
11月の末に妻の智女と神奈川最北の地にある藤野芸術村へ行きました。そう、そこは鈴木志郎康さんの映像作品『極私的にEBIZUKA』にも出てきたところ――爽やかな大気の中に様々な野外彫刻が点在しています。
その時に撮った素材を取り込んで編集を試みましたが、こちらのソフトもサウンドがままなりません。その上に一度編集したものに手を加えることが出来ないようで、折角のクリップにも不満が残りました。
けれども、そのクリップをビデオカメラのテープに取り込めたので、ビデオ編集の練習にはなったと思います。「ワッ、ハ、ハ、……まだそんなところでウロチョロ〜〜」と、笑われそうですが、段々とVAIOのコツを掴んできましたので、皆さんに追いつくのは案外早いのかも知れませんよ――!(笑い)
我が家のPC室には、モニターが1つに本体が2つになりました。
SOTECの433DとVAIOのPCV‐J20BPで、それを〔MANUAL DATA SWITCH〕で切替える方式となったのです。しかしSOTECだけで2年ばかりやってきたぼくにとって、VAIOはなかなか馴染めません。それ故に2つのPC間のデータのやり取りや、〔CD‐WR〕への焼き付け方も掴めず、これまでVAIOはもっぱらゲーム専用機になっていました。(笑い)
そこにPCの師匠である鈴木志郎康さんからのメール――「最近勝手にメールを発信するウイルスが流行っています。わたしのところでは、わたしも麻理もやられました。ウイルス感染メールが毎日来ます。もし、ウイルス対抗のソフトをインストールしてないのでしたら、インストールして置いた方がいいと思います。またインストールされていれば、最新のウイルスワクチンをダウンロードして置いた方がいいと思います」というアドバイスです。
VAIOの方には〔Norton Antivirus〕というソフトがついておりますので早速インストールしましたが、メールやHPを行っているのはSOTEC――しかしこの9月に翻訳ソフトが原因でHPがアップロード出来なくなるというトラブルが発生して往生しましたので、SOTECへのソフトのインストールにはなかなか踏み切れませんでした。
先週の前半までは何や彼やとあってそれなりに忙しかったのですが週末からは暇――そこで徒然なるままにPCに向うことにしました。
先ずはバックアップのやり方――VAIOの〔CD‐WR〕に、SOTECとVAIOにあるファイルやフォルダなどの〔焼き付け方〕を学ぶことにしましたが、その糸口が皆目分らず難渋――そこで、IFの受講生・広瀬 毅君(PCのプロ)にメールで訊くことにしました。彼からの返信で、〔CD‐WR〕への焼き付けには(一般的には)〔Easy CD Creator〕と〔DirectCD〕の2つのやり方があるということが分ります。
そのことを頼りにヘルプを探してゆくと、〔DirectCD〕に関するページが見付かりました。そこで9日の日曜日に〔DirectCD〕の使い方を覚えて、2台のPCから様々なデータをバックアップ――広瀬君、本当に有難う御座いました!その成功に気を良くして、翌日はSOTECにウイルス対抗のソフト・〔ウイルスバスター2002〕のインストールを決行することにします。
ウイルスを運ぶのはメールについてくる〔添付〕だと聞いていましたので、これまで〔添付〕は信頼できるもの以外は全て〔削除〕し、更にその〔削除済み〕も間髪入れずに〔削除〕してきましたが、既に感染しているのではないかという不安もありました。インストールを行って、更に最新版をアップデートしてから〔全ドライブ検索〕を行うと、〔検出されたウイルス:なし〕――また一方このソフトのインストールによる弊害もなく、心配していたHPのアップロードなどにも影響はありませんでした。
あとはVAIOを使ってのデジタル編集ですが、こちらの方もぼちぼちやってゆくつもりです。ともあれPCが2台――数年前までは想像すら出来なかったことです。
これからは、SOTECとVAIOの夫々の特長を活かしてPCにチャレンジしてゆきたいと思っておりますので、ご指導のほど宜しくお願い致します。
34,2001.11.29 かわなかさんからのメール〜「24期選抜作品集」
IF付属映像研究所が開所して丁度四半世紀――その25年目の受講生たちは今週から卒制の〈プラン講評〉に突入しました。さて、どんな作品が誕生するのか、今年も大いに楽しみです。
それにしても、このところのIF卒業生の活躍には目覚しいものがあります。最新情報としては24期の佐藤 いづみ・ 『イメージクラフト』 が〈BBCCネットアート&映像フェスタ2001〉に入賞したということですし、同期の大野聡司・『団地酒』は10月24日号「かわら版」で取り上げましたように山形映画祭で注目を浴びました。
ちなみに2000年からの映像コンクール受賞者を列記してみると、能瀬大助(19〜20期)の『日日日常』が〈IFF2000〉の入賞作。そして黄金の23期〜〜〈BBCCネットアート&映像フェスタ2000〉では二宮正樹『以毒制毒宴』がグランプリに、武藤浩志『放飼』が入選作に。〈神奈川映像コンクール〉では木村文昭『ホームへ帰る』が最優秀賞。〈あきる野映画祭〉では井上朗子『ダイヤローグ 1999』がグランプリ。〈IFF2001〉では、武藤浩志『放飼』と樋渡麻実子『男のサービスエリア』が入選作に、秋浜瑞紀 『誉めよ、誉め讃えよ』と田端志津子 『three minutes out』(尚この作品は短篇映画祭の名門・ドイツの〈オーバーハウゼン国際映画祭〉に正式招待)とが奨励賞――その何れもが卒制か、卒制が核となっている作品群です。
そして〈第4回インディーズムービーフェスティバル〉では、白川幸司(20〜21期)の『ファスナーと乳房』と徳本 直之(23期)の『アクセスアースストリップ』とが入選。更に〈第23回ぴあフィルムフェスティバル〉ではタナダユキ(棚田入月・21期)の『モル』がグランプリを獲得しています。
賞などどうでもよいといえばそれまでですが、やはり多くの人に観て貰うということを考えると、これも大きな力となりますので25期生の皆さんも先輩に負けないよう頑張って下さい!
その大本山ともいえるイメージフォーラムが四谷三丁目から渋谷に移転し、更に勢いを増してきた実験映像/個人映像界――、
これまでは発表の場の問題がはかばかしくいかず、それが原因で折角の才能を枯らしてしまった先輩たちも数多くいたと思われますが、毎週日曜日にIF/シネマテークが開催されており、様々な実験映像が上映されております。
卒業生諸君も、斬新で力強い作品を作って積極的に持ち込んでみたらどうでしょう――!さて、そのIF/シネマテークで、18日と25日の日曜日に上映された〈IF第24期選抜作品集〉――その作品評を記したメールがかわなかのぶひろさんから届きました。
若い映像作家にかけるその情熱をぼくひとりで受取るのは実に勿体ない話なので、了承を得てここに掲載させて頂きます。
金井 勝さま
「イメージフォーラム附属映像研究所24期選抜作品集」を見てきました。卒業展の時に、口酸っぱく文句をつけ、さらにはアトリエに呼んで編集の追加授業
を行ったものの、どうせ「小さな親切、大きなお世話」と思われているんだろうな…。
と、思いきや、今回の<選抜展>は、さにあらずでした。
ほとんどの作品が、初公開時とはまったく装いを変えていて、若い世代もまんざら
見捨てたものではないと、つくづく実感しました。
とりわけ驚かされたのは◆玉野真一(卒展では、キンタマノシンイチンコと名乗り、
秋山朋美と共作)でした。タイトルも『よっちゃんロシア』と変り、それにともなって内
容のほうもがらりと装いを新たにしています。冒頭、凄いスピードで掲示板に激突
する主人公(作者)。何度も何度も体当たりして、掲示板がビリビリ振動する様を、
真横から捉えている。次いで、初公開時に見せてくれた「階段落ち」になるんです。
これが、また、前回よりもさらに凄まじく、さまざまな階段から次々に転げ落ちる荒
技が、編集のテンポを加速して矢継ぎ早に描かれ、パンツをひらひらさせながら自
転車で坂道を下りてくる女性に展開する。
まあ、冒頭からあれよあれよの暴走ぶりで、さらには、その女性が主人公の周
囲を回りながら、バシッ!バシッ!バシッ!と掌を打ち合わせるんですね。なぜか
パンツを足元にずり下げて拍手をするその音が、これまた画面に弾みをつけて、
さまざまな虫の死骸(これがなんともオゾマシイ)に繋がっていく…。途中に入る字
幕をカットして、前後を入れ替えたり多少修正すれば、さらに先鋭さを増すことで
しょう。
◆島田 剛の『僕の内蔵、君の海』は、8ミリで撮影した素材をDVに取込んで加工
した後、再び8ミリに戻すというプロセスを経た作品ですが、前回は、和室の壁や
障子にペイントをぶちまけるシーンや、海から全裸のミューズが登場するシーンな
どが、気負いすぎていました。そのため、いくぶん未消化でウルサク感じられたも
のでした。
今回は、かなり整理されていました。客観的に作品を眺める視点を獲得したよう
です。そのために、ひとつひとつのシーンがじつにすっきりとして、複雑なプロセス
が生き生きと輝いてきました。DVによる効果も、作品の内容とマッチして、方法だ
けが際だつというレベルは確実に乗り越えられていました。
◆小山博子/大山 慶の『ダリダリ』は、肛門に突入したカメラが腸内に入ります。
腸を遡行するシーンが、以前よりも引き延ばされ、その後に来る体内で溶けゆく日
本人形を捉えるシークェンスが、思いきって省かれていました。たしかに、あのシー
ンは、日本人形という設定が違和感を感じさせました。しかし、バターで作ったとい
うこの日本人形が、次第に溶けゆくショットはなかなか捨てがたく、まあ、いいか、と
思ったものでした。しかし、作者もまた抵抗を感じていたんですね。このショットの替
りに、腸内を抜けると、なんと、使用済みの生理用品が無数に舞い降りるショットに
差し替えていたんです。その鮮血が、ドモホルンリンクルみたいに、工場で抽出さ
れ、ペースト状の血漿に加工されるという展開を持ってきているんです。工場の機
器のアップや、従業員のコスチュームなどをしっかりと捉えています。この異様な空
間が、後の高架下の内蔵ブランコにスムーズに繋がる通底器となっていて、これま
た慄然とさせられました。
◆村瀬幸浩の『病名 喘息』も、前回からは大幅に改訂され、主人公(作者)の喘息
が息苦しく伝わってくるように整理されていました。口を歪めて苦しむ瞬間を石膏で
固めたような彫像を、包丁でぶった切るショットと、肌を血がにじむまでかきむしるシ
ョットが、カットバックで描かれる事によって、前回のやみくもな暴力性が、より鋭くな
っているように感じられました。
◆藤間陽子の『ドット at 口の中』は、頬のホクロを押すと、口の中からニンゲンが
出てくるというユーモラスなアニメーションでした。パソコンで描かれたこの作品は、
全編撮り直しています。当初はいくぶん粗いキャラクターのイメージが、今回はビジ
ュアル系キャラになっていて、作者の努力の跡がキチンと反映されていました。
◆中村 巧の『にわかにランデブー』は、造成地を全裸でさまよう主人公(作者)の
かなり気負ったシーンが中心となっていましたが、これまた全面改訂。肉体的にハ
ンデキャップを負った少年や少女たちを、走行する電車の車輌に詰め込んで撮影
したシーンに大きなウエイトが置かれています。これを実現するために、養護施設
でボランティアをしたりして信頼を獲得したというのだから、彼の作品に懸ける情
熱はホンモノです。山中を赤いドレスで彷徨する少女のシーンも、新たに加わって、
当初の倍以上の50分という長尺になっています。
しかし、その情熱とはうらはらに、編集がマズいんですね。現場での困難さを反映
してか、撮影したテークを落とせないんです。そのため、力強いシーンが散漫な印
象になってしまい、当初よりもさらに混乱してしまう。でも、まあ、この失敗は作者に
とっては得難い経験となることでしょう。ひとつひとつのシーンには力があるのです
から、後はいかに編集で刈り込むかということ。その呼吸さえ掴めば、情熱はどん
どん昇華するでしょう。コイツの気負い、ぼくは好きだなぁ…。
↑の作品について4階で話し込んでいるうちに、つぎの回が始まってしまい、◆湊
康之の『花咲く乙女たち』を見逃してしまいました。この作品はアトリエでの再編集
授業で、オリジナルとはかなり変化しているのを確認できたので、さほど心配はし
ていませんでした。ラスト近くから見たのですが、そこだけでもアトリエで見たときか
らかなり変化していたんですね。彼は、第一作品の時点ですでに他人とは違うリズ
ムと映像センスを持っていました。それがこの作品では見事に開花した印象です。
鈴木清順の『ピストルオペラ』以前に、不可思議な映像空間に挑戦した作品。とい
うことができるでしょう。褒め過ぎかな。でも24期の中ではもっとも力のある作家の
ひとりであることには間違いありません。
さて、全作品にふれる余裕がないのは残念ですが、ともかくほとんどの作品が新
たに手を加えていて、そのことだけで、もう、嬉しくなってしまいました。このまま創り
続ければ日本の映像作品は、きっと凄いことになるでしょう。なんだかその幕開け
に立ちあっているような思いで、もうすこしガンバロウかな、と決意を新たにしたとこ
ろです。
かわなかのぶひろぼくも18日に行きましたが、体調が悪く1プログラムを観ただけで失礼しました。
更に25日には忘れかけていた「鬱気」に襲われ外出できる状態ではありませんでした――と言ったような訳で、24期の皆さん申し訳ありませんでした。
会場で会った玉野真一の生き生きと輝く瞳が忘れられませんでしたが、かわなかさんのメールで納得しました。
33,2001.11.21 〈フォトシティ さがみはら2001〉を見て
ぼくの生まれ育った相模原市で総合写真祭〈フォトシティさがみはら〉を創設しました。
地方自治体が主催する映画祭や映像コンクールは枚挙に暇がないほどありますが、写真祭は全国でも稀で、聞くところよると他には北海道に1つあるだけだそうです。先週の土曜日にその〈フォトシティさがみはら2001〉の授賞式がありましたが、公募方式による〈アマチュアの部〉と、ノミネート方式による〈プロの部〉との2部構成になっていて、更に〈プロの部〉は1部と2部とに分かれ、第1部の〈さがみはら写真賞〉は現在活躍中の19名の作家の中から「チェルノブイリ消えた458の村」の広河隆一さんが、第2部の〈さがみはら写真新人奨励賞〉には勝又邦彦さん、萩原義弘さん、若木信吾さんの三氏が受賞しました。
授賞式のバックにスライドで投影された受賞作品の中に、興味をそそられるものが沢山ありましたので、先日(20日)、JR相模原駅ビルにある〈市民ギャラリー〉に行って来ました。
先ず〈アマチュアの部〉の会場を覗くと、3300点が集まったというだけあって、受賞作はかなり質の高いものでした。金賞は松本正行さんの「深海の乙女」――といっても海中写真ではなく、深海をイメージさせる作品です。沖縄の竹富島で撮ったのだそうですが、沖縄独特の瓦、壁には深海を思わせる濃いブルーの布が貼られ、海底の部分には岩石や藻を連想させる工夫が施されています。その造り込んだ背景に、ひとりの女性の後姿――帽子や衣装の色彩も実に見事でした。
映像作家のぼくが何ゆえにこの写真に惹かれたかというと、その創造力とセンス、そして仕込に対する情熱――それらは個人映像/実験映像にも共通する点があるからだと思います――といった訳で、写真と動く映像とをいろいろ考えながら見て回りました。
入選作のひとつ、斎藤文夫さんの「見つめる」は、水道の蛇口から滴り落ちる水を舐めている猫と、それをじっと見つめている3〜4歳の女の子――その猫の赤い舌がとても印象に残りました。これはロバート・キャパのような大げさなものではないにしろ、写真ならではの決定的な瞬間です。もしムービーで撮ったとしたら雰囲気に流されてしまって、あの不気味ともいえる猫の「舌の色」は印象に残らなかったと思います。
〈プロの部〉の展示室には4人の受賞者の夫々の連作写真――若木さんの「yong tree」「Takuji」はどれも祖父の日常を撮ったものでしたが、映像作家・石井秀人の「家回帰」(’84)ほどには心を動かされませんでした。多分これはムービーの方が良い素材だったのかも知れません。
勝又さんの実験的なアプローチ「Unknown Fire」「Phases」と、萩原さんの史観的なアプローチ「巨幹残栄」「SNOWY」とは全く方向を異にしますが、ともに写真の特性である「凝視」という点で、ムービーとはまた違った良さを引き出していました。そしてフォトジャーナリストとして世界を駆け巡っているという広河さんの「チェルノブイリ 消えた458の村」――その原発事故の痛ましさを容赦なく「凝視」させます。特に「私の順番が回ってきたわ」といって静かに死んでいった少女の姿は終生忘れないと思います。
そして放射能汚染で廃墟となった村々――被害範囲を日本の地に置き換えると、何と全土の半分ぐらいのところまで広がっているのだそうですから、原発が各所で稼動しているわが国民にとっても、同時にこれは身近な問題でもあるのです。ともあれ、ぼくの故郷でこのような写真祭が創設されたことは喜ばしいかぎりです。
しかし、あの〈山形国際ドキュメンタリー映画祭〉も記録映画作家・小川紳介さんがいたからこそ誕生したように、ここにも「人」がおりました。木村伊兵衛賞と土門 拳賞の受賞者である写真家・江成常夫さんです。そして彼をサポートする(相模原市の)筆頭助役・木下辰夫さん――ともにぼくの小学校、中学校時代の同級生です。東京に隣接する地域にありながら、古来相模原は「芸術・文化」に対して無頓着な土地柄だったと思います。中でもぼく達の生れ育った田名地区は僻地でしたので特にそうだったのだと思います。が、どういう訳か同級生は多士済々で、両氏の他に共同通信のカメラマンから出発して専務まで駆け上った白井宏尚さん(現在は同社顧問)や、国立群馬大学で教鞭を執る稲葉教授などがおります。
その相模原も現在は人口60万の大都市――この総合写真祭〈フォトシティさがみはら2001〉を更に充実させ、何時までも持続させてもらいたいと願っております。(写真は右から木下さん、江成さん、勝丸)
※ 詳細は〈フォトシティさがみはら2001〉
32,2001.11.14 那田尚史さんがうら若き女性と来宅
9月の11日から相次いで発生したPCトラブルについては既に触れておりますが、そのPC問題が解決したかと思ったら、今度はTVのセンサーが故障してリモコンが使えなくなりました。
TVは購入してかなりの年月が経ちますので致し方ないのかも知れませんが、こう立て続けに故障が起きるとうんざりです。が、逆に考えれば我々の現代生活は否応なく機械や電気機器に取り囲まれて生かされているということだ――と、改めて痛感させられました。さて、先だって映像研究者の那田 尚史さんがうら若き女性と一緒に来宅しました。日芸の放送学科4年生の島田奈央子さんで、那田さんの何とメルトモだそうです。
那田さんは、今年の年初に愛媛から一家を挙げて上京――母校の早稲田大学などで実験映像を教えております。
その鋭い洞察力と独特の理論には定評があり、「映像万華」への寄稿「愛媛からの手紙」でも豊な学識とその生き方の一端とを窺い知ることが出来ますので、この長篇寄稿を是非ともご覧下さい。前衛映像という面では、正に陸の孤島ともいえるところで8年間を過ごし、それ故にこそ適った「映像芸術とは何か」を追究し続けて築き上げた思想(=生き方)――更に今年からはまた大都市・東京で沢山の実験映像/個人映像に触れられるようになって(その環境の差が表裏一体となって)益々磨きがかかってきました。
その行動の一つが非商業映画関係HPのサーフィンで、常連である「告知板」から島田さんとメルトモになったというわけだそうですが、彼女がインデーズ系の映画ファンながら、実験映像/個人映像は未見だということで我があばら家への同道となったのだそうです。
そこで、壊れかけのビデオ装置に『夢走る』をかけて観て貰いました。
この映画はボレックスカメラを駆使して作った作品ですので、本来ならば16mmプロジェクターでとくとその特撮技術なども含めてご覧頂きたかったのですが、これもまた故障中では致し方ありません。彼女の作品に対する反応は判りませんでしたが、30違いの我妻・智女の横顔を時々しげしげと見ていたところからすると、『夢走る』よりもそちらの方に関心があったのではないでしょうか。(笑い)
ともあれこれで、我がソウル・メイトの那田さんに、智女を逢わせることが叶いました。
また一方島田さんには、ぼくの後輩だそうなので、
目指すアナウンサーになれますよう、心から念じています!
秋に入ってPCトラブルが続発――そのため〈アンダーグラウンド・アーカイブス・関西〉の旅行記が今頃になってしまいました。
「かわら版」とはご存知のように「江戸時代、事件の急報に用いた(広辞苑)」ものでして、言わば新聞の前身のような存在――なのにこの「映像かわら版」ときたら1ヵ月半遅れで今更とお思いでしょうが、そんなわけでご容赦のほど宜しくお願い致します。さて、この〈アンダーグラウンド・アーカイブス・関西〉ですが、神戸・京都・大阪で9月14日から10月14日まで行われた空前絶後の壮大な前衛映像の大イベント――これを仕切った総合プログラマー・富岡邦彦氏を初めとするスタッフに先ずは敬意を表します。
9月21日の朝――久し振りに新幹線に揺られることになりましたが、村上賢司監督との二人旅でしたので映像談話に花が咲いて意識上での時間は至って短く、直ぐに目的地・京都に到着しました。村上君は、前出の富岡氏の依頼でぼくのトークの相手やパフォーマンスの裏方で参加してくれることになったというわけで、彼には大いに感謝しています。
その村上君と、今にも降りだしそうな京の空の下を地図を頼りにゆくと、ART COMPLEX 1928――このクラシックな建造物には見覚えがあります。今から丁度20年前の’81年の秋、当時は毎日新聞京都支局ホールといい、ここで暗黒舞踏の白虎社主催による〈微笑う銀河系3部作連続上映〉があり、今は亡き大和屋竺氏などとトークをした記憶があります。
その懐かしのホールで午後5時からは〈「微笑う銀河系」3部作連続上映1〉というプログラム――『無人列島』、『GOOD−BYE』の上映後に村上君とのトークショー ――聞き上手な彼の司会で苦手なトークも何とか無事に終了しましたが、気がかりなのは7時からのプログラム〈ジョーと呼ばれた男〉です。
『ジョーの詩が聴える』、『新宿ステーション』(城之内元晴監督作品)の上映の後に、詩人・上田假奈代嬢とぼくとのパフォーマンスが控えていたからです。そのパフォーマンスですが3部構成になっていて、第1部は「まだまだの詩」――そのコンセプトは『ジョーの詩が聴える』の庭を回るラスト・シーンを観客を巻き込んで再現することで、そのために16mmカメラのフィルモDRとテープレコーダーを用意してきました。
休憩時間に客席を回って撮っておいたビデオ映像をプロジェクターで投影してもらって、その映像に合わせてぼくが客席を巡ります。
その時に肩にかけたテープレコーダーからはジョー(城之内さん)の「新宿ステーション」の詩が流れ、フィルモが回転音を響かせます。
そしてそのジョーの詩の声が終わろうとしたところでぼくがステージに駆け上り、「マダマダの詩」の吟詠――このパフォーマンスのためにおこなってきた多摩川での発声練習が功を奏し、自分でも驚くほどの美声でした!(笑い)第2部は、上田假奈代嬢の詩の朗読です。
彼女は関西を中心に活躍している詩人で、2000年度のレッドライオン 「全国縦断朗読ボクシング大会」大阪代表チャンピオン――富岡さんの紹介で参加して頂きました。
その彼女と8月に撮った、ジョーと縁のある場所を歩く「新宿ステーション2001」というビデオ(撮影・編集 村上賢司)を基に詩を書き下ろし、和服姿の全身に(投影された)その映像を浴びながらの朗読――ジョーを探す詩と、艶やかな容姿にあの世のジョーもさぞや満足したであろうと思います。第3部は、假奈代嬢とぼくとのコラボレーションです。
先ずは彼女の書き下ろしの詩「カラフト」――ジョーと、カラフトの地で暮らしたことのある(彼女の)祖母とを絡めた内容で、そこに合いの手のような形でぼくが詩の断片を挟み込みましたが、我ら二人が浴びたその映像は、富岡氏作成のストロボ状に発射されるジョーの写真――それはぼくらには見えませんが、充分にその効果を発揮していたと思います。
そして最後は『王国』の詩「時のオモチャ」をぼくが吟じて、映画『王国』の上映へと引き継がれていきました。ぼくはライブは初めてでしたし、假奈代嬢との稽古もなくぶっつけ本番でしたが、経験豊な彼女のリードで息も合い、観客の反応も良かったので先ずは上出来だと自画自賛――主催者が取ってくれた からすま京都ホテルのベッドの中で心地よく眠りました。
翌22日、ART COMPLEXで『王国』の出演者だった佐々木 天さんと話していると、『初国知所之天皇』の監督・原 将人氏から電話があり、会いたいとのことでした。
待っていると原氏はビデオの撮影機材を担いで登場――様々な分野の最前線で活躍している人にインタビューを敢行するサイト「The interviews」という企画を受持っているとかで、早速地下の食堂で取材となります。彼は昨日のパフォーマンスを見ていてくれていて、最初の質問はそのパフォーマンスのこと――何と彼が絶賛してくれたのには驚きました。
先ず第1部で、テープレコーダーを使ったことを誉めてくれましたが、ぼくが出来れば16ミリカメラにビデオカメラを固定させて撮り、無線でそのビデオ画像を飛ばしてライブで映写できる装置があればというと、既にそういうことは可能になっていると、パフォーマンスの経験豊富な彼はいいます。
また、『新宿ステーション2001』の映像と上田嬢についても好感が持てたそうで、こちらも上機嫌――今度一緒にパフォーマンスをやることを約束しました。河岸を変えるため、タクシーで中華風割烹へ――、
そこでは、ぼくの自分史のようなものをおよそ10項目に分けてインタビューされましたが、同行した佐々木さんはその様子をこれまた自分のビデオカメラで撮りまくっています。インタビューが終わるともうとっぷりと日が暮れていました。
京都在住の原氏、そして大阪の友人宅に泊まるという佐々木さんに別れを告げて、ぼくはIFサマースクール「16mm講座」の受講生であったロジャーさんのマンションへと向います。
彼は京都でドイツ語を教えているスイス人で、昨日ART COMPLEXに来てくれていて、その時に今宵の宿をお願いしていたというわけです。ロジャーさんは5ヶ国語が話せる語学の天才で、勿論日本語も何不自由なくこなします――そんな彼が何ゆえ「16mm講座」を受講したのかというと、以前にスイスでインデーズ系の映画館の運営をしていたことがあり、また彼がミュージシャンでもあったことから自分らしい映像作品を作りたく、その基礎を学ぶために受講したのだそうです。
ぼくの映画やパフォーマンスの感想を聞き、また彼のスイスでの写真や論文などを見せてもらって、映像論や音楽論で楽しい時間を過ごしました。
ロジャーさん、有難う――何時かまたお会いできる日を楽しみにしています。23日は大阪へ――、
「月刊ツヴァング通信」編集長・大谷 淳さんの映画が、プラネット+1で上映されるというので観に行ったのですが、大阪駅には上映の30分前(プラネットは駅から3〜4分)に着きながら、チラシにあるマップが悪いのか、方向音痴のこちらが悪いのか――ともかく道に迷ってしまって彼の処女作『Nothing』(’79〜’80)という作品は途中からになってしまいました。それでも『Floor Light』(’84〜’87)、『Left and Right』(’89)、『At Night 1』(’90)、『床にズームすること』(’92)、『白い部屋 1』(’01)と、念願のほぼ全作品を観ることが出来ました。
ぼくも実験映像・個人映像に関わって長い歳月が経ちますが、これほどまでに床や、道路に執着する作家は初めてでしたので、その視点に先ずは驚嘆しました。中でも『Floor Light』と『At Night 1』は素晴らしく、前者では床に映る光が段々と台風が過ぎ去った後の空のように見えてきて忘れることの出来ない映像となりました。後者の夜の道路でも、横断歩道の白と黒との平面が突如立体化して見え、あたかもそこが階段(石段)であるかなような錯覚を起こさせており、これまた忘れえぬショットです。
新作の『白い部屋 1』は、床や路面とは異なる縦の平面でしたが、これも彼ならでの視点で興味深く観ることが出来ました。ともあれ、長年気になっていた〈大谷 淳 コンセプチャルアート〉を観ることができたことも、この上方旅行の大いなる収穫でした。
最後になりましたが、ぼくの映画やトーク&パフォーマンスをご覧下さった方々に、心から御礼申し上げます。
30, 2001.10.24 大野聡司君からの『山形映画祭報告』
イメージフォーラム付属映像研究所第24期卒業生の大野君からメールを貰いました。
彼の卒業制作『団地酒』が〈山形国際ドキュメンタリー映画祭〉の〈アジア千波万波〉の受賞対象作品に推薦されていることは、既に「かわら版」7月31日号でも触れています。
この〈アジア千波万波〉にはぼく自身も審査員の経験がありますが、アジア全域から集まった膨大な作品群の中から受賞対象作品(今回は34作)に推されたことだけでも大変で、まして受賞作品は小川紳介賞と奨励賞2作品という狭き門――残念ながら『団地酒』が入選を逃したということは風の便りで知っていました。
しかしこの「山形映画祭報告」で、観客や各国の映画祭などから来たセレクターやキュレーターたちの反応を知り、また彼自身のこれからの映像作家としてのその心意気に、大いなる期待をしています。
※ 写真は「団地酒」を黙々と造る画家の父
※ 「山形映画祭報告」にあるニヨン映画祭では、『団地酒』は初監督作・新人監督部門の受賞対象作品になるそうです。
どうも『団地酒』の大野です。報告遅れましたことを、お詫び致します。
山形映画祭では『団地酒』の上映は二回ありました。その二回の上映とも会場
は満員で観客の反応はものすごく良かったです。感激しました。山形では沢山の人に出会い、とても刺激的で素晴らしい一週間になりました。
この経験は次の作品に生かしたいと思います。山形映画祭に行ってから大野
は目の色が変わったと言われるように励みます。賞は逃しましたけど、スイスのニヨン映画祭・フランスのルシャス映画祭に招待
される事が決まりました。あとまだ確定ではないのですがマルセイユ、インド
などの映画祭の方も『団地酒』のビデオテープを持って帰ってくれました。それ
らの返事はまだわかりませんが、色々な方から声を掛けて頂いて嬉しい限りで
す。それとフランスのARTというTV局が『団地酒』のテープを放映のために購入し
てくれるという話もあります。
一度に沢山の話が来て頭がパンクしそうですが、気持ちは次の作品に向いて
います。自分の祖父についての作品を考えています。金井さん、待っていて下
さい。映画祭には両親にも来てもらい、上映後に観客に団地酒を振舞いました。味
はなかなかのものと好評でした。では失礼します。 大野聡司
SOTECのDVD−433DというPCを購入して2年余りになります。
この間さしたる故障もなくきましたが、同時多発テロが起こった9月11日に突然HPのアップロードが出来なくなりました。
その原因が翻訳ソフトにあるらしいことは薄々とは感じていたので、アプリケーションから「追加と削除」を開いて削除しようとしたところ「作業を終了してから〜〜」とかいうメッセージが現れて困惑――その作業中だという個所が何処だか皆目分らなかったからです。
多分操作方法にミスがあったのか、あるいはソフトのインストールが完全でなかったかのどちらかだと思います。HPの更新が出来ないのは本当に辛いことです。
しかし9月の後半は「アンダーグラウンド・アーカイブス」のパフォーマンスなどで関西に行ったり、東京造形大学が始まったりして忙しく、どうにもなりませんでした。
そこで9月30日の夕方に、パソコンの仕事をしている小林寛学(IF23期生)さんに来宅して貰います。
流石にプロ――彼はタスクトレイにある「翻訳ソフト」のマークから侵入して、右クリックしたり左クリックしたりして見事削除に漕ぎ着けてくれました。
それが終わると新しいFTPの設置――やはり「翻訳ソフト」が原因だったとみえてHPの更新が可能になりました。やれやれと思っていると、10月5日に今度はアクセスカウンタが表示されなくなります。
最初は提供者のPC装置の整備だろうぐらいに思っていたのですが翌日も駄目――そこで(提供者の)HPを覗くと、「カウンターの提供を止めました」とあるではありませんか――!
これまでも「カウンタ」には泣かされてきました。HPを開設して1年半になりますが、この間に何と4度も同じことがあったのです。Web検索から新しい提供者が見付かりましたが、カウンタダクを書き込み「OK」をクリックしてもその書き込みと違うダクになってしまいます!?
暫くして分ったことですが、マウスを取り替えた時にそのインストールが不完全だったのが原因だったようで、古いマウスに戻して書き込みを行うとやっとカウンタが現れ、ホッとしました。
他にも画像が青くなったりして鈴木志郎康さんに大変お世話になりました。
PCについてはまだまだ未熟ですので失敗ばかり――お恥ずかしい話しです。これで全てが復活――かと思っていると、今度はディスプレーが可笑しくなりました。点いたり消えたりを繰返すうちに、やがて何も映らなくなってしまったのです。
本体を閉じてからディスプレーのスイッチを入れてみると、赤・緑・青の三色画像が薄ぼんやり現れましたが直ぐに消えてしまったので、これでディスプレーの破損と判明します。そこで妻と相談――いっそのこと新しいPCを購入することに決めました。
近くにあるノジマのPC BUY‐KINGに行くとVAIOのPCV−J20BPが特別価格として12万で出ていましたので、SOTECの本体と繋げる材料や技術料を含めて約15万円也を投入――その設置を12日に行いました。今度購入のJ20BPで何処までのビデオ編集が可能かは分りませんが、ともあれビデオ編集の練習にはなると思います。
また、2台連結となりましたので、1台が故障してもこれまでのように慌てることも、苛立つこともなくなると思います。度重なるPC故障やミスで、
訪問者の皆様に大変ご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありませんでした。※ 繋がったPC2台――新しく購入したVAIO(左)と、SOTEC
28, 2001.9.4 詩人・上田假奈代さんとのコラボレーション
フリーランスの老人にとっても、兎角ままならないのが時間です。
8月の前半は暇を持て余しておりましたが、後半は(私事を含めて)俄然として多忙となりました。15日は実家にお盆の帰省、16日は詩人の上田假加奈代さんとの撮影、17日はシアター・イメージフォーラムで『ボディドロップアスファルト』のトーク、18日は『冬のカゲロウ』のメイン・スタッフ来宅、そして20日から31日まではIFサマースクールの「16ミリ講座」でした。
さて、今回のお話はその内の16日――もう他のページなどでご存知のことと思いますが、この秋には「アンダーグラウンド・アーカイブス」が神戸・京都・大阪で大公開となり、ぼくも映画、トーク、パフォーマンスで参加します。
そのパフォーマンスですが、細かくいうと三部構成になっていて、第一部は『ジョーの詩が聴える』のラストシーンを観客を巻き込んだ形で再現――この勝丸が自分自身を演じ、「まだまだの詩」を吟じます。第二部は書き下ろしの詩を假奈代さんが朗読。そして第三部は假奈代さんが新作の詩を朗読し、その合いの手のような格好で勝丸が詩を吟ずるといった内容になると思います。
ところでこの上田假奈代さんですが、彼女は関西を中心に活躍している詩人――2000年度のレッドライオン 「全国縦断朗読ボクシング大会」大阪代表チャンピオンで、また映像作家・桜井篤さんの『天使突抜け』ではその作品の為に詩を書き下ろし、且つ主演もしています。
その假奈代さんがわざわざ大阪から上京したわけは、(パフォーマンスの打ち合わせもありましたが)第二部の詩の朗読の背景となる『新宿ステーション2001』を撮影する為だったのです。
噂のジョー(故・城之内元晴氏)の幻影を探し求めて、和装の麗人・假奈代さんは彼がよく飲んでいたゴールデン街から、花園神社、甲州街道、新宿駅南口、西口、そして中央口へと足を運びます。
そしてその中央口で「ジョーを呼んでいる男」・この勝丸と出会いますが……(後は京都でのパフォーマンスをお楽しみ下さい――!)9月21日(金)の京都会場・午後5時の回は、『無人列島』、『GOOD−BYE』の上映と、村上賢司監督(『夏に生れる』の作者)とのトーク・ショーがあります。
更に次の7時の回は特集〈ジョーと呼ばれた男〉で、城之内元晴監督作品『新宿ステーション』と、彼が出演している『ジョーの詩が聴える』『王国』の上映と、パフォーマンス――勝丸・假奈代・村上のコラボレーションです。假奈代さんの大阪からのメールによると、只今書き下ろしの詩・二篇を髪の毛を掻き毟りながら作っている最中だそうですが、きっといい詩が生れると思います。
この勝丸も頑張ります――!
パフォーマンスに於ける(勝丸の)最大の弱点は、その音声――これから暇を見つけては多摩川の河原で発声の特訓をしようと思っています!!※ 写真上は上田假奈代さんと村上賢司さん、下は新宿駅前での假奈代さんと勝丸
27, 2001.7.31 あっ、只今山形映画祭からメールが――!
今年の夏はともかく暑いですね。歳をとったせいか脳みそがとろけそう――諸事に難渋しておりましたので、先日、避暑を兼ねて妻と万座温泉に行ってきました。
そこは標高1800メートル――爽やかな緑の風が吹き抜ける別世界で、旅館には泉質の違う湯船が9つもあって、その湧出量も至って豊富――まさに快適な3日間でした。
帰京すると、また茹だるような暑さでしたが、それでも万座で心身のリフレッシュをしてきたためか、脳みその方も少し落着いてきたようです(笑い)。
さて、もう7月も残すは後1日――8月に入れば4日から和田淳子監督の『ボディドロップアスファルト』がシアター・イメージフォーラムのレイト・ショー公開となり、17日(金)にはそのトークに呼ばれております。また20日からはIFサマースクールの「16ミリ講座」が月末まで続きますので、気合を入れてこの暑さを克服しなければと思っております。
その和田さんもかつて「16ミリ講座」(当時はかわなか・のぶひろさんが担当)の受講生で、翌年には本科生となり、卒制であの大傑作・『桃色ベビーオイル』を誕生させました。
同様に、一昨年「16ミリ講座」を受講し、昨年本科生となった大野聡司君(24期生)は『団地酒』というパーソナル・ドキュメンタリーをつくって、それが2000年度卒業展の入賞作品となっています。ところで、その大野君の『団地酒』――、
毎週メールで送られてくる山形国際ドキュメンタリー映画祭2001の「YIDFFニュース」を見ていると、何と 「アジア千波万波」の追加作品に、その名がありました!
「アジア千波万波」作品の追加発表です。山形の東北芸工大の専任講師でも
ある川口肇の『異相』と大野聡司の『団地酒』。『異相』は1997年の日本パノラ
マで上映された『<位相>』とは別作品ですが、引き続き作者の生活する現実
世界と作品内世界の干渉のテーマを展開させています。『団地酒』は作者の父
親のどぶろく作りをきっかけに両親、家族の姿を捉えなおす学生作品です。
(2001年7月27日号より)この追加の2作が、「アジア千波万波」の受賞対象作品なのか、対象外の招待作品なのかが明記されておりませんでしたので早速メールを出してみましたが、残念ながら今のところ何の返事も返ってきておりません。
あっ、只今山形映画祭からメールが入りました!
ご質問のお答えですが、『団地酒』も『異相』も賞対象作品です。
佐藤真さんとタイのチャリダー・ウアバムルンジットさんのお2人を審査員に迎え、
総数34本から小川紳介賞と奨励賞2作品が選ばれることになります。大野君、先ずはおめでとう!
ぼくは第1回「アジア千波万波」の審査員の1人でしたが、アジア全域からの応募――そのコンペに選ばれただけでも凄いと思います。後は運を天に任せて吉報を待て――ですね!さて、今年の「16ミリ講座」では、どんな可能性を秘めた受講生と出会えるのか、今から大いに楽しみです! ※ イメージフォーラム・サマースクールの「16ミリ講座」
シネマ・下北沢で公開された「アンダーグラウンド・アーカイブス」が、更に充実したプログラムとなってこの秋、神戸・京都・大阪で開催されます。
その主催者から送られてきたメールを見て仰天!それにしても凄まじい!正に殺人的なスケジュールです!!
ぼく自身も(作品のほかに)トークとパフォーマンスで呼ばれましたが、あの’60−’70年代の緊張感をもって西下するつもりです。 上映スケジュール決定!アンダーグラウンド・アーカイブス
Kobe, Kyoto, Osaka 2001.9/14-10/14 開催のご案内
表の日本映画史から忘却され、呪われた1960年代から70年代までのアヴァンギャルドなアンダーグラウンド(地下映画)、自主製作映画たちを一挙に上映しつつ60-70年 代のアートシーンを解読。アングラ映画史上の神話的人物とその作品が今、甦る!
さる5/12から6/29にかけて行われた、東京・シネマ下北沢での「アンダーグラウンド・アーカイブス」の上映を受け、この度、関西圏(神戸、京都、大阪)でも新たな企画で「アンダーグラウンド・アーカイブス」を上映実行委員会West主催、PLANET Studyo+1(大阪)、KAVC(神戸アートビレッジセンター)、ART COMPLEX 1928(京都)、編々草の共催等の協力を得て開催する運びとなりました。
かねてより、プラネット映画資料図書館/PLANET studyo+1では、常時の上映プログラムで、何度か「アンダーグラウンド映画」や1950-60年代の「自主製作映画」を上映し、それ以前にも資料図書館の代表・安井喜雄が担当した「山形国際ドキュメンタリー映画祭」の「日本ドキュメンタリー映画」のコーナーにおいて、幾つかのアンダーグラウンド映画、自主製作映画が紹介されてきました。
そこで、東京でのプログラム・ディレクターを務められた鈴木章浩氏と平沢剛氏の新たなプログラム展開があり、7月20日には河出書房新社より「アンダーグラウンド・フイルム・アーカイブス」が出版されるなど、長らく忘れられていた'60-'70年代のこのような作品群が再評価される機会を持つに至ったことは願ってもないことだと思います。現在、ビデオカメラやDV(デジタル・ヴィデオ)の普及によって、映画・映像作品の製作は経済面や便宜性においてより簡単になりました。パソコンの普及も手伝って、作品製作の状況はある意味ではかなり良くなっているように思われます。それに従い、映画に限らず、CMやゲームなど広範な映像作品の製作に興味を持つ人は大幅に増えています。
しかしこうしたインディーズ、あるいはインディペンデント映画とも呼ばれる新しい作品群には何か物足りないものがあることが多々あるようにも見えます。
「新しい」と言われる作品の多くが、既に'60年代-70年代に展開されたアンダーグラウンド映画の手法のデジタル版の焼き直しでしかないという現状があります。
1950年代末から'70年代にかけてのアンダーグラウンド映画、自主製作映画は技術的には多くの制約を受けながらも「映画作家」それぞれがある「覚悟」をもって製作し、上映も作家たちの手によって行われていました。こうした「製作から上映へ」という映画製作の本来の在り方が今改めて問われるようにも思います。
そして、この時期の作品が圧倒的に持つ「強度」は、当時の政治的・社会的時代背景や熱意だけでは語りきれないものがあります。内容や形式を含めた、当時の既成の「映画」にはない様々な要素を、「情況」から逃れた新鮮な目で見直すことが、今こそ重要だと思います。
しかしながら、そういった作品の多くがビデオ化されず、作品自体はそれぞれの作家の方々が所有している場合もあり、この先の上映・保存の状況が危うく思われます。
今回の上映によって、かつて'60-'70年代にこれらの作品群を同時代にご覧になった方々には改めてその価値を見直して頂き、全く初めて作品に接する方々にはこうした作品群の存在をまずは知って頂きたいと思います。
これは、'60-70年代のリヴァイヴァルではなく、かつて出来なかった、また未だに突破出来ない映画の可能性の再発見という試みになればと思っております。
今回上記のような意図で「アンダーグラウンド・アーカイブス」を関西でも開催することになりました。東京での上映を基準にしながら関西オリジナルのプログラムも加えて展開しております。
期間の前後には「京都国際学生映画祭2001」(9/15〜19)と「第3回京都映画祭」(9/23〜30)の開催もあります。これらの映画祭の協賛企画として連携し、共に新たな視線を創造していきたい次第です。
「京都学生映画祭」が現在の学生映画・自主製作映画を中心にプログラムされ、「京都国際映画祭」が古くからの日本映画の中心となったメジャースタジオ製作作品を数多く上映する一方で、「表」の日本映画史に隠されていた「アンダーグラウンド映画」の存在を認識してもらいたく、開催に踏み切りました。
しかしながら、この企画はあくまで経済的な援助はない自主企画です。できるだけより多くの観客の皆様に「発見」して頂く機会を作りたいと考えております。
以上の主旨にご賛同いただきましたなら、是非、貴媒体での御協力をいただきますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
2001年7月吉日
「アンダーグラウンド・アーカイブス」上映実行委員会West
総合プログラマー/富岡邦彦・広報・制作/松村厚 中里佳世(以上、PLANET studyo+1)
神戸プログラム・ディレクター/樋野香織(KAVC神戸アートビレッジセンター)
連絡先tel&fax 06-6312-8231/PLANET studyo+1
アンダーグラウンド・アーカイブス
Kobe, Kyoto, Osaka 2001.9/14-10/14
開催場所/期間
神戸:2001年9月14(金)-16日(日) KAVC(神戸アートビレッジセンター)
京都:2001年9月17日(月)-24日(祝) ART COMPLEX 1928
大阪:2001年9月25(火)-10月14日(日) PLANT Studyo+1
10月1日(月) 扇町ミュージアムスクエア・フォーラム
料金■当日1プロ1400円 3プロ3300円(前売 1プロ1200円 3プロ3000円)
イベント付2000円(神戸イベント1800円) オールナイト2000円
主催■ 「アンダーグラウンド・アーカイブス」(UGA)上映実行委員会West
共催■PLANET Studyo+1 KAVC神戸アートビレッジセンター 編々草
ART COMPLEX 1928
協賛■京都映画祭 京都国際学生映画祭
問い合わせ■06-6312-8231 PLANET Studyo+1
■http://go.to/planet1 UGA専用Web近日始動!詳細はUGA通信にて。
■Email: planet1@m11.alpha-net.ne.jp
プラネット映画資料図書館 大阪市北区堂山町15-2関西中央ビル別館203 Tel: 06-6364-2165 Fax: 06-6312-8232 Email: planet1@m11.alpha-net.ne.jp URL: http://go.to/planet1 |
● 「かわら版」インデックス
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