前衛映像の祭典として世界に知られるイメージフォーラム・フェスティバル――今年もさまざまな視点からのアプローチがあり、これまでに観たことがない世界をスクリーンに描き出していた。
正に映像万華――若手作家を中心に、数回に渡って綴ってゆこうと思う。

★雑感 その1、我妻まや『職業 映画監督』、佐藤義尚『SLIDE』、能瀬大助『日日日常』
★雑感 その2、
能瀬大助と白川幸司の『獣の処刑』
★雑感 その3、
坪田義史の『でかい眼鏡』と和田淳子の『ボディドロップアスファルト』


IFF2000 雑感 その1 (2000.5.15)

我妻まや『職業 映画監督』、佐藤 義尚『SLIDE』、能勢 大助『日日日常』

イメージフォーラム・フェスティバルも今年で14回を数え、趣味的な作品が姿を消して、観客と真っ向勝負の作品が目立った。

先ず一般公募部門奨励賞の『職業 映画監督』――、
現在の映画・映像界の状況を象徴する作品で、これに触れないわけにはいかない。
内容は、作者の我妻が当時恋人であった映画監督・福居ショウジンを2年間追い続けたビデオ作品で、3年間映画を撮れない監督の日々をインタビュウーを軸にして綴ってゆく。

福居ショウジンは『ピノキオ√964』(’91)、『ラバーズ・ラヴァー』(’96)などの監督で、ぼくも『ピノキオ』のチラシに推薦文を書いたこともあって、全く知らないという仲でもない。
その『ピノキオ』は、「映画はライブだ」と音声に異常なまでに力を注いだ作品で、決してそこらの商業映画とは一線を画す実験的な16ミリ映画であった。

その後の彼を知らなかったが、あのバブル期の「メジャー・エンターテーメント」なる言葉の毒に今だ冒されているのだろうかと余計な心配をしてしまう。
今や職業としての監督は成り立たない。あの売れっ子監督・望月六郎でさえも監督業だけで食っているとはいい切れないからだ。

この『職業 映画監督』は、結果としてその辺りのことを炙り出していて面白かった。最早幻想としかいえなくなった職業映画監督――その日常を撮ったビデオがこうゆう形で公開され、秋にはロンドンでも上映される。皮肉といえば皮肉な話である。
福居ショウジンよ、早く「メジャー・エンターテーメント」の呪縛から解放されて、君のその素晴らしい才能をもっと自由な形でスクリーンにたたきつけてくれ!

入選作・佐藤 義尚の『SLIDE』は、瀬尾俊三の傑作『FilmDisplay』を思い起こさせる作品だった。その『FilmDisplay』は、16ミリのポジフィルムをアクリル板の上に10数本並べ、コマ撮りによって人や動物を1列目のフィルムから2列目のフィルムへと順次横に歩かせた。
特に印象的だったのは、電車を列から列へと(横に)走らせたラストシーンである。

一方こちらの『SLIDE』は、ヘリコプターのプロペラなどの速い回転が逆回転しているかのように見えることにヒントを得て、等間隔に置かれた同じ型のバスや縦柵などを横移動で撮影――その映像をコンピュータで処理して、これまでに見たことのない異様な風景を作り出していた。

この『SLIDE』のような作品は、文章ではなかなか伝えにくいのだが、だからといって素通りは出来ない出来栄えであった。

同じく入選作となった能瀬 大助の『日日日常』――、
こちらは「偉大なる日常へのささやかな抵抗の試しみ」だそうだが、先ず寝ぼけたような声のナレーションが面白い。
16ミリフィルムは、100フィート約3分で1万5千円かかる。そのお金を稼ぐには何時間バイトで働かなければならない、などとぼやきながら歯を長い時間をかけて磨く。

その何時終わるか分らない歯磨きに閉口したのか、隣で観ていた青年が欠伸をし、やがてうとうとし始めたが、彼が我に返った時も、まだその歯磨きは続いていた。
しかしその青年の寝ぼけ眼は、次第に目覚めてスクリーンに釘付けとなってゆく。能瀬が一円玉を並べ始めたからである。

室内一面、丁寧に並べられた1円玉――光線の関係で、異様な光景を醸しだしてゆく――のだが、残念なことに、ここではあのユーモラスなナレーションがない。
「この1円玉は全部で何万――16ミリフィルムだと何分間分〜〜」といった言葉が必要だったのではなかろうか。
あれば、あの歯磨きの長いシーンも戦略として生きてくる筈である。 (つづく)


IFF2000 雑感 その2(2000.5.24)

能瀬 大助と白川 幸司 (『獣の処刑』

先に触れた『日日日常』能瀬 大助はIFの21〜22期生、招待作品『獣の処刑』の白川 幸司は2021期生で、一年間は(クラスが違ったが)一緒であった。
四半世紀近くIFの専任講師をしていると、競争意識がいかに有効的であるがということが良く分る。夏休み作品辺りで良いのが出ると、必ずといってよいほどその年は豊年――今だかってない豊穣の年となった23期では、武藤 浩志の
『放飼』がその火付け役となった。

白川も能瀬もそれを口には出さないし、そんなことは夢にも思ったこはないといった素振だが、意識下ではそのライバル意識からの「創作エネルギー」が充満し、丁度マグマ溜まりから地殻を割って出てくる噴火のように見える。
勿論ライバル意識だけでは映像は作れないのだが、それが大きなバネになっているのは確かだ。

この二人の噴火の仕方が対照的なのも面白い。
能瀬の噴火はその殆どが炎であり、そこに不純物が含まれていない。換言すれば「俗」を排除した純粋培養的な噴火で、時としてユーモラスに映る。更に見手の方でそこに「俗」を加えて観ると、マグマ溜まりの規模の大きさを知ることが出来る。

ここでいう「俗」とは、単に俗っぽいという意味ではない。俗界に棲むものにダイレクトに投げつけてくるパワーと思ってもらってもよい。
否、実はこの「俗」なる言葉は、白川と能瀬の作風を考えた時に生まれたもので、当然その「俗」の対比としての「純」も必要になってくる。

白川の噴火には、「純」「俗」混合のパワーがあり、周りを巻き込んでグロテスクに爆発させる。
『意識さえずり』(97)では兄二人が罹っている奇病が何時自分を襲ってくるのかという恐怖心が「純」なるコアとしてあった。『ヒダリ調教』(99)では少年時代に母親から右利きにする為の調教を受けたことが「純」なるコアで、そこに鼠の子を焼き殺したり、母親に対する異常なリベンジを「俗」として絡めて噴出――観客の頭上で爆発させるのだ。ただし鼠の子を焼き殺ようなダイレクト・ラジカルは余り感心しないのだが……。

今度の『獣の処刑』には、死に対する恐怖心がその根底にあり、そこに「ゲイジュツ考」を合させてコアにしている。
彼のHPに記されている言葉を拾うと、「芸術がヒトを殺す」「映画の場合、観客までもが作者をタタキ殺そうとする。芸術も観客も獣の様だ」「私はこれら獣を処刑するためにこの作品をつくった〜〜」などとある。
『ヒダリ調教』の上映で、観客に手厳しい批判を受けたことがこの作品の動機のようだが、彼の二人の親友が昨年の暮に前後して自殺し、そのことも多分に影響していると思う。

内容は、 舞台女優の卵(江尻 幸子が好演)に、路上と、室内と、舞台の上でカメラを回す男が執拗にインタビューを仕掛ける。
その声の主は白川自身で、狂った獣のように吠え立て、たじろぐ女性を容赦なく追い詰めてゆく。

白川の「純」「俗」のパワーが観客を巻き込み、ぼくもその迫力に引き込まれて観た。
しかし、この作品の構造では、映像作家・白川 幸司が実は江尻で、カメラが観客や批評家なのである。好意的に見れば、立場を換えたことによって自分が受けた痛みを「タタキ殺そうと」した観客に知らしめた、といえるのかも知れない。

しかし客観的に見て、『獣の処刑』の観客には、自分たちとカメラを回す白川を同一視することは出来ない。その一つには、路上での詰問で、堪えかねた江尻が「私だって白川さんにいわれたから〜〜」といっている。やはり、白川の声が出演者・江尻を過激にいびっているのであって、観客とは直接的には関係ない映像世界の話なのだ。

もしそのテーマを貫くのだったら、撮り方にも問題がある。
特にホールを借りて撮影したラストシーンでは観客席があるのだから、カメラは客席から舞台に上って行った方が良かったと思う。
また、ライテングがあのようなべた明りで良かったのかどうかも疑問だ。

しかし、そのことは別にして、リベンジ男・白川のパワーで前作同様『獣の処刑』は面白く観られた。
IFフェスティバルのチラシには、
「昨年、イギリスの映画批評家トニー・レインズ氏は、『意識さえずり』と『ヒダリ調教』を見て、白川 幸司の出現を〔今年一番の発見〕」とある。ぼくも彼の映像表現に対する熱情と、独特の妄想表現に非常に関心がある。

彼のHPさえずれ映像表現には、劇場公開を視野に入れた16ミリ映画、『肉(仮題)』の脚本を執筆中とあり、期待している。 


IFF2000 雑感 その3(2000.7.27)

坪田義史『でかいメガネ』、和田淳子『ボディドロップアスファルト』

IFF2000を観てからもう3ヶ月になろうとしている。
当初は1週間に1回のペースで、5回程度の連載を考えていたのだが、雑用に追われ、且つ他のページも気になったりして疎かになってしまった――申し訳ない。

さて、久し振りにこのページを開いては見たものの、もう記憶が曖昧になったところもあり、思うように進まない。
しかし、時間という記憶の濾過装置を通過したものだけが観客(の1人であるぼく)の脳裏に残るのだから、これはこれで宜しかろうと考え直した。
それにIFF2000で最も多くの観客を集めた『でかいメガネ』と『ボディドロップアスファルト』に触れなければ宙ぶらりんになってこのページの収まりがつかないのである。

一般公募部門大賞『でかいメガネ』の監督は、多摩美術大学の4年生――作者自らが主演し、一見自分探しの作品のようにも見えるのだが、この映画の鍵ともいえる「一塁回って、二塁は恐山だ、で、三塁回って、家に帰んなきゃならねえんだよ!」の台詞に象徴されているように、これは寺山修司の世界を、この世紀末に再構築したフィクションだと思った。いま何故に恐山なのだろうかと考えた末に辿り着いたぼくの推測である。

ご存知のように「二塁は恐山だ」の恐山とは、寺山修司の傑作『田園に死す』(’74)の重要な舞台であった。
「三塁回って」には、寺山脚本の
『サード』(東 陽一監督作品’78)が思い起こされるし、「家に帰んなきゃならねえんだよ!」には、『家出のすすめ』を初めとした寺山の著作が浮かぶ。その家出も若者の間で日常茶飯事となり、親たちの脳みそもグチャグチャになってしまったいま、若者は「帰んなきゃならねえんだよ!」となるしかないのであろう。

さて、この『でかいメガネ』にはこれまでの映像表現には見られなかった新しい試みが2つあった。その1つは映像や録音などの技術的なものである。
8mmフィルムや8mmビデオで撮った素材をPCに取り込んで加工――いやここまでは多くの作家が既にやっていることだが、それをブラウン管ではなく液晶画面(ここが新しい)で映し、8mmフィルムで再撮影――その粗い画像が作家の狙いどおりの猥雑さを出している。
また音声の方も、様々な音を加えたりすることによって台詞の明瞭さをあえて欠落させ、「となりのケンカを覗いているようなドキドキするような感じ」(作者の言葉)になっており、観客の方で聞き耳を立て「台詞」を推理しながら観るのだからこちらも狙った効果は出ていたと思う。

もう1つの新しさは、家族が本格的な演技をし始めたということである。
先に「台詞」と書いたが、この作品はフィクションで、特にプロローグのアル中親父の演技は真に迫っていた。
そのアル中の父親役を演じたのが作者の実の父――それが先の汚い画像や聴き取りにくい音声と相俟って荒れまくる迫力を感じさせているのだ。
更にその父の実母役を演じる祖母――息子をなだめようと土下座をしながらうろたえるその演技にも緊迫感が溢れている。

家族が出演する個人映像・実験映像はいまや珍しくもないが、その最初は石井秀人の『家・回帰』(’84IF8期の夏休み作品)であった。
特に、作者の実母に祖母の乳房を吸わせるシーンは圧倒的な力を持っていた。
祖母は、しなびた乳を吸う母をまるで赤子を愛撫するかのようにして髪をなで、孫の回すカメラに向かって自慢げな顔をする――と、この時、50年という物理的時間が吹っ飛んで、祖母の意識の時間が辺りを支配したのであった。

この作品をPFFで入選作に推したのが原 一男だそうだから、優れた監督は審美眼も確かなのだ。更にPFFから出品されたブラッセル国際映画祭で、8mm映画賞を受賞――世界にも審美眼の持主がいたということが嬉しい。
その後この『家・回帰』の影響を受けて、所謂「おばぁちゃん映画」が続々と登場したのだけれども、亜流は亜流でしかなく、みなその足元にも近づけなかった。

野上純嗣の『すみつぐのつぐ』(IF10期の卒業制作、後にIFFグランプリ)も家族総出演の映画で、特に母親が雪の積もった屋根の上に登って、土地の民謡を唄うシーンは忘れられない。
最近では木村文昭の『ホームへ帰る』 (IF23期の卒業制作)というマザコン映画があり、元ソフトボール選手で、いまはカラオケに身体を張っている母親と作者の絡みがなかなか面白かった。

しかしこれらの作品には、作者の演出があったとはいえ、ドキュメンタリー的な要素が色濃く、出演者の家族も自分自身を演じていたといえよう。
それに反して『でかいメガネ』では、何処かで起こっているだろう家庭崩壊の現実を、父親や祖母が役者になり切って生々しく演じているのであった。
「盗聴・盗撮の実録もの」のようにしようと企てたいうその技術の実験と両々相俟って、かつてない新しい映画の誕生となったというわけである。

粗びた映像に、聴き取りにくい音声が活きた『でかいメガネ』――それとは対照的な作品が、美しい映像と、クリアーな音声、良く出来たCG、プロの役者の演技、そしてセンス抜群のナレーション、和田淳子のビデオ作品『ボディドロップアスファルト』である。

この『ボディドロップアスファルト』で、ぼくは神様役で出演しているので内容については遠慮することにする。また既に鈴木志郎康さんのHP「曲腰徒歩新聞」や、ねるとん・ぐー氏のHP「読書日記」(5月8日)で優れた評が載っているのでそちらをご覧頂いて貰うこととして、ここでは女性映像作家について触れてみようと思う。

和田淳子は、IFの18期生、19期生であり、その18期の卒業制作『桃色ベビーオイル』IFF96の大賞作品である。
卒業制作は純粋な意味でその作者の作品だとは言い切れないところもあるのだが、この『桃色ベビーオイル』に関しては、もう講師たちが口を挟む余地のないほど仕上がっていて、その才能に驚嘆したことを覚えている。

この和田だけでなく、IFの生徒たちの中には優れた才能の女性たちが枚挙に暇がないほどいたが、在学中の作品をピークにして萎みだし、更には他人の作品を観なくなって、やがて完全に消滅――というのがこれまでの女性(作家)のパターンであった。
女と男ではそこが若干違う。男性も卒業と同時に消えてゆく者も多いが、卒業後に驚くべき作品を作る者もいるのだ。

ともあれぼくにとっては、和田淳子が更に大きく成長して帰ってきたことが、このIFF2000での最大の収穫であった。
聞くところによると、毎年1作品を制作し続けてきた愛知芸術文化センターが、2000年度は女性作家でと7人をリストアップし、それぞれに企画書を書かせ、選ばれたのが和田淳子の『ボディドロップアスファルト』――制作費は3百万だそうだが、とてもそんな低予算で作った作品とは思えない見事な出来栄えであった。
それには監督・和田淳子と撮影監督・白尾一博の才能に賭けて、ノーギャラで馳せ参じたスタッフやキャストが沢山おり、そのみんなの情熱の結晶が、この出来栄えに繋がったのだといえよう。

これを機に、女性作家たちよ、甦れ!!
                                      
「IFF2000雑感」
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● 『ボディドロップアスファルト』に出演!
● 
「女性が作家でいることの難しさ」

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